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第25話 真実を知った夜
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夏の気配が近づき、木々の葉が深く色づき始めていた。
戦いの騒ぎが収まり、領民の暮らしにもようやく笑い声が戻ってくる。
だが、穏やかになったのは外の世界だけで――屋敷の中では、新たな波が静かに動き出していた。
その日、グレイスは文官室で新しい報告書をまとめていた。
王都から届いた巻物のひとつが、ふと目に留まる。
“アルドレッド公爵領の戦没者記録調査”
その題名に、なぜか胸がざわついた。
封を切り、目を走らせる。
数ページ進んだところで、彼女の手が止まった。
見慣れた名前が目に入ったのだ。
――アルベール家随行兵 指揮官:ガレス・アルベール。
「……父の名。」
グレイスの喉がひきつる。
死んだはずの彼の名前が、なぜ公爵領の戦没記録に。
震える手で続きを読み進めた。
そこには、読者を拒むような文字が淡々と並ぶ。
“王都陥落戦の際、アルドレッド公爵軍の副将として従軍。
城砦防衛において勇敢に戦うも、撤退命令を拒み死亡。”
――アルドレッド公爵軍。
思わず息を呑む。
彼女の父が、かつてレオンの軍の副将だった?
そんな話を聞いたことは一度もない。
血の気が引く。頭の中がぐらぐらと揺れた。
何かが、今まで知らされていなかった真実が、確かにここにある。
リーナが入ってきて、小声で呼んだ。
「グレイス様? お顔が真っ青ですよ。」
「……リーナ、この書類、誰が届けたの?」
「ええと、たしか王都の記録局の役人が……特別送達です。」
「そう……ありがとう。」
リーナが下がると、グレイスは椅子を離れた。
足元が少し重い。
この真実を確かめなければならない。
どうして父が公爵の軍にいたのか。
どうしてこれまで話してくれなかったのか。
答えを知るのが怖かった。
けれど知らなければ、もう前に進めないと直感で分かっていた。
***
夕刻、彼女は執務室の扉を叩いた。
「公爵様、少しお話があります。」
「入れ。」
扉を開けると、レオンが机から顔を上げた。
書類の束の間に、淡い薄明が差し込んでいる。
彼の表情は穏やかで、まるで何も知らないかのようだった。
「どうした。」
「……王都から、戦没記録が送られてきました。」
「ふむ。」
「その中に、わたしの父――アルベールの名が。
“アルドレッド公爵軍の副将”と記されていました。」
その瞬間、レオンの手が止まった。
彼はひゅっと息を呑み、しばし無言のまま彼女を見つめる。
「……それを読んだのか。」
「はい。間違いでしたら、そう言ってください。
でも、わたしには一度も聞かされなかった。
父とあなたの間に、何があったのですか?」
部屋に沈黙が落ちる。
蝋燭の炎がわずかに揺れ、風が窓を叩いた。
レオンは深く息を吸い、瞼を閉じた。
「――そうか。もう隠す意味もないのかもしれんな。」
そして、静かに語り始めた。
***
十数年前――。
王国は戦火の真っただ中にあった。
アルベール伯爵家は当時、王都を支える主要貴族の一つとして、王党派の補給を担っていた。
その中に若き戦士がいた。
一介の騎士に過ぎなかったレオン・アルドレッドだ。
「お前の父、ガレス殿は……俺の指導官だった。
ただの騎士だった俺に剣を教え、信義を叩き込んだ。」
グレイスの喉がまた震える。
父の面影――厳しくも温かい眼差しを思い出す。
「彼は正義の人だった。
戦を避けられるなら何よりと考え、従軍しても常に兵を守る行動を取った。」
「では、なぜ……死亡記録に?」
レオンの顔に一瞬、影が差す。
「王太子命令で撤退せよとの伝令が届いたが、彼は従わなかった。
避難が間に合わない民が残っていたからだ。
……俺は、命令を優先しようとした。
彼は剣を抜き、俺を止めた。」
「そんな……父があなたに剣を?」
「俺は……その剣を、受け止めた。」
声が途切れる。
それだけで理解できた。
二人の間に、命を懸けた激突があった。
そしてその果てに――。
「まさか……父を、殺したのですか。」
小さく震える問いが落ちる。
レオンは顔を上げ、まっすぐに見返した。
「……殺したのは俺ではない。戦が、だ。」
「それは……逃げです。」
グレイスの声に、痛みが混じる。
レオンは表情を崩さず、ただ静かに頷いた。
「そうだな。だが俺が彼の最期に立ち会ったのは事実だ。
あの人は、俺に言った。“娘を頼む”と。」
「……娘を?」
「ガレス殿は、戦場の端にあった避難民の記録を俺に託してきた。
そこに“アイリス・アルベール”――お前の名があった。
その瞬間から、俺はずっとお前を見守ると誓った。」
部屋の中の時間が止まったようだった。
信じられなかった。
でも嘘ではない。
彼の声の震え、瞳の奥の痛みが真実を物語っている。
「あなたは……そんなことを抱えたまま、今まで?」
「話す資格がなかった。
俺が王都から距離を置いたのも、罪のためだ。
お前が“婚約破棄された令嬢”として追放されたと聞いたとき、
初めて、あの人との約束を果たす時が来たと思った。」
言葉が出なかった。
胸の奥で、感情がぐしゃぐしゃに混ざる。
怒りでも悲しみでもなく、ただその事実の重さに呑まれそうになる。
「わたしは……ずっと父を恨んでいました。」
やっとの思いで口を開いた。
「王太子の寵愛を優先して、わたしを利用する家柄にしたと。
けれど、本当は違ったんですね。
わたしを……守ってくれた。」
「お前の父は立派な人だった。」
レオンの声が静かに震えた。
「俺が剣を振るうたび、あの人の言葉が蘇る。“命令より人を選べ”。
今ようやく分かる。お前を守りたいという俺の気持ちは、あの時の誓いの延長なんだ。」
グレイスの目に涙が溢れた。
気づけば、彼に近づいていた。
「……ありがとう。教えてくださって。」
「恨まないのか。」
「恨めません。だって、それを知ってもなお――あなたが、わたしの“今”を守ってくれているから。」
レオンはそっと息を吐いた。
「ガレス殿に顔向けできる日が来るとは思っていなかった。」
「なら、顔を上げてください。……父はきっと、笑っています。」
夕陽が窓から差し込み、二人の影を重ねた。
長い年月を越えて繋がった真実。
誰の罪でもなく、ただ人の誇りと愛が残した軌跡だった。
そしてその夜、二人は静かに誓う。
過去を呪いの鎖ではなく、未来へ続く道として受け止めるのだと。
(第25話 真実を知った夜 了)
戦いの騒ぎが収まり、領民の暮らしにもようやく笑い声が戻ってくる。
だが、穏やかになったのは外の世界だけで――屋敷の中では、新たな波が静かに動き出していた。
その日、グレイスは文官室で新しい報告書をまとめていた。
王都から届いた巻物のひとつが、ふと目に留まる。
“アルドレッド公爵領の戦没者記録調査”
その題名に、なぜか胸がざわついた。
封を切り、目を走らせる。
数ページ進んだところで、彼女の手が止まった。
見慣れた名前が目に入ったのだ。
――アルベール家随行兵 指揮官:ガレス・アルベール。
「……父の名。」
グレイスの喉がひきつる。
死んだはずの彼の名前が、なぜ公爵領の戦没記録に。
震える手で続きを読み進めた。
そこには、読者を拒むような文字が淡々と並ぶ。
“王都陥落戦の際、アルドレッド公爵軍の副将として従軍。
城砦防衛において勇敢に戦うも、撤退命令を拒み死亡。”
――アルドレッド公爵軍。
思わず息を呑む。
彼女の父が、かつてレオンの軍の副将だった?
そんな話を聞いたことは一度もない。
血の気が引く。頭の中がぐらぐらと揺れた。
何かが、今まで知らされていなかった真実が、確かにここにある。
リーナが入ってきて、小声で呼んだ。
「グレイス様? お顔が真っ青ですよ。」
「……リーナ、この書類、誰が届けたの?」
「ええと、たしか王都の記録局の役人が……特別送達です。」
「そう……ありがとう。」
リーナが下がると、グレイスは椅子を離れた。
足元が少し重い。
この真実を確かめなければならない。
どうして父が公爵の軍にいたのか。
どうしてこれまで話してくれなかったのか。
答えを知るのが怖かった。
けれど知らなければ、もう前に進めないと直感で分かっていた。
***
夕刻、彼女は執務室の扉を叩いた。
「公爵様、少しお話があります。」
「入れ。」
扉を開けると、レオンが机から顔を上げた。
書類の束の間に、淡い薄明が差し込んでいる。
彼の表情は穏やかで、まるで何も知らないかのようだった。
「どうした。」
「……王都から、戦没記録が送られてきました。」
「ふむ。」
「その中に、わたしの父――アルベールの名が。
“アルドレッド公爵軍の副将”と記されていました。」
その瞬間、レオンの手が止まった。
彼はひゅっと息を呑み、しばし無言のまま彼女を見つめる。
「……それを読んだのか。」
「はい。間違いでしたら、そう言ってください。
でも、わたしには一度も聞かされなかった。
父とあなたの間に、何があったのですか?」
部屋に沈黙が落ちる。
蝋燭の炎がわずかに揺れ、風が窓を叩いた。
レオンは深く息を吸い、瞼を閉じた。
「――そうか。もう隠す意味もないのかもしれんな。」
そして、静かに語り始めた。
***
十数年前――。
王国は戦火の真っただ中にあった。
アルベール伯爵家は当時、王都を支える主要貴族の一つとして、王党派の補給を担っていた。
その中に若き戦士がいた。
一介の騎士に過ぎなかったレオン・アルドレッドだ。
「お前の父、ガレス殿は……俺の指導官だった。
ただの騎士だった俺に剣を教え、信義を叩き込んだ。」
グレイスの喉がまた震える。
父の面影――厳しくも温かい眼差しを思い出す。
「彼は正義の人だった。
戦を避けられるなら何よりと考え、従軍しても常に兵を守る行動を取った。」
「では、なぜ……死亡記録に?」
レオンの顔に一瞬、影が差す。
「王太子命令で撤退せよとの伝令が届いたが、彼は従わなかった。
避難が間に合わない民が残っていたからだ。
……俺は、命令を優先しようとした。
彼は剣を抜き、俺を止めた。」
「そんな……父があなたに剣を?」
「俺は……その剣を、受け止めた。」
声が途切れる。
それだけで理解できた。
二人の間に、命を懸けた激突があった。
そしてその果てに――。
「まさか……父を、殺したのですか。」
小さく震える問いが落ちる。
レオンは顔を上げ、まっすぐに見返した。
「……殺したのは俺ではない。戦が、だ。」
「それは……逃げです。」
グレイスの声に、痛みが混じる。
レオンは表情を崩さず、ただ静かに頷いた。
「そうだな。だが俺が彼の最期に立ち会ったのは事実だ。
あの人は、俺に言った。“娘を頼む”と。」
「……娘を?」
「ガレス殿は、戦場の端にあった避難民の記録を俺に託してきた。
そこに“アイリス・アルベール”――お前の名があった。
その瞬間から、俺はずっとお前を見守ると誓った。」
部屋の中の時間が止まったようだった。
信じられなかった。
でも嘘ではない。
彼の声の震え、瞳の奥の痛みが真実を物語っている。
「あなたは……そんなことを抱えたまま、今まで?」
「話す資格がなかった。
俺が王都から距離を置いたのも、罪のためだ。
お前が“婚約破棄された令嬢”として追放されたと聞いたとき、
初めて、あの人との約束を果たす時が来たと思った。」
言葉が出なかった。
胸の奥で、感情がぐしゃぐしゃに混ざる。
怒りでも悲しみでもなく、ただその事実の重さに呑まれそうになる。
「わたしは……ずっと父を恨んでいました。」
やっとの思いで口を開いた。
「王太子の寵愛を優先して、わたしを利用する家柄にしたと。
けれど、本当は違ったんですね。
わたしを……守ってくれた。」
「お前の父は立派な人だった。」
レオンの声が静かに震えた。
「俺が剣を振るうたび、あの人の言葉が蘇る。“命令より人を選べ”。
今ようやく分かる。お前を守りたいという俺の気持ちは、あの時の誓いの延長なんだ。」
グレイスの目に涙が溢れた。
気づけば、彼に近づいていた。
「……ありがとう。教えてくださって。」
「恨まないのか。」
「恨めません。だって、それを知ってもなお――あなたが、わたしの“今”を守ってくれているから。」
レオンはそっと息を吐いた。
「ガレス殿に顔向けできる日が来るとは思っていなかった。」
「なら、顔を上げてください。……父はきっと、笑っています。」
夕陽が窓から差し込み、二人の影を重ねた。
長い年月を越えて繋がった真実。
誰の罪でもなく、ただ人の誇りと愛が残した軌跡だった。
そしてその夜、二人は静かに誓う。
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(第25話 真実を知った夜 了)
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