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第16話 差し伸べられたのは、彼の手だった
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血に染まった王城の石畳は夕日を反射し、まるで燃えるように紅かった。
宰相派と王太子直属の近衛兵、両派の兵士が入り乱れ、あちこちで剣の火花が散る。
叫び声と命令の声、金属の軋む音が交わる戦場の中で、クロエは必死にノエルの姿を追っていた。
「殿下!」
彼の肩口から滲む血は止まらず、衣を真紅に染めている。
それでもノエルの動きは淀みなく、王太子としての威厳そのままに刃を振るっていた。
陽光が剣の軌跡を照らすたび、敵の兵がひとり、またひとりと倒れていく。
だが敵は多く、疲労も確実に彼の身体を蝕んでいた。
クロエは震える足で駆け寄る。
「殿下、もうおやめください。これ以上は――」
「まだ終わらない。このままでは、誰も救えない。」
低く、決意に満ちた声。その目には、強がりではない真の覚悟が宿っていた。
「君に触れれば、敵は私を人情に惑わされた王だと笑うだろう。それでも、君を守ることを誇りに思う。」
その言葉が胸を打つ。
否応なく涙がこみ上げた。
「私は……ただ、殿下に無事でいてほしいだけです。」
「君のその言葉が、生きる理由になる。」
ノエルが立ち上がり、再び剣を構えたその瞬間、宰相派の一団が背後から迫る。
「囲め! 降伏すれば命だけは助けてやれ!」
宰相の冷たい声が響く。
「王太子ノエルよ、王位の座はお前のものではない。今ここに、私がこの国の秩序を正す!」
ノエルの目が細まる。
「秩序を語る者ほど、矛盾に塗れているものだな。」
「愚かな。女のために国を危うくする王など不要だ!」
その一言に、クロエの心が凍った。
だがノエルは怒りではなく、ただ静かに微笑んだ。
「女のために戦う王が、真に民のために戦える王だ。」
言い放たれたその言葉が、周囲の空気を変えた。
一瞬、兵士たちの剣先がわずかに揺らぐ。
その隙を逃すことなく、ノエルは刃を煌かせた。
敵の槍を躱し、宰相の前に踏み込む――しかし、血で滑った足がわずかに取られた。
「殿下!」
クロエが駆け出すより早く、宰相の部下が剣を振りかぶる。
時間が止まったように見えた。
その瞬間、別の影が宰相の兵を突き飛ばした。
飛び込んできたのは、ルシアンだった。
「ルシアン……!」
彼は肩で息をしながら、ノエルを一瞥する。
「不本意だが、借りを返しに来た。」
「お前……何故ここに。」
「宰相の命令に従っていた自分が恥ずかしいんですよ。ようやく自分の愚かさに気づいた。」
宰相の指示で動いてきた彼は、途中で密かに裏切りを決めたのだ。
「ノエル殿下、俺を信用するとは思わないが、今だけは味方をさせてほしい。」
「信用できる根拠があるのか。」
「この命を投げ出す覚悟がある。それで十分では?」
唇を引き締め、ノエルは短く頷いた。
「……なら共に行こう。」
その瞬間、三人は一刃のように同じ方向を向いた。
新たに押し寄せる敵の一団が、反撃の構えを見せる。
ルシアンが先陣に立ち、ノエルがその援護を、クロエは背後から包帯を投げ、傷を塞ぐ指示を飛ばした。
混乱の戦場で、彼らの呼吸はひとつに重なる。
これまで交わらなかった運命が、いま同じ道を歩んでいた。
「王太子様、中央の味方部隊が到着しました!」
遠くから近衛兵団の声が響く。
援軍が入り、戦局が逆転する。
宰相派の兵が次第に押され、動揺の声を上げた。
だが宰相自身は微動だにせず、堂々と立っている。
「ノエル、私を倒しても何も変わらぬ。この城にはすでに“偽王令”が発布されている。」
「偽王令……?」
「お前が反逆者と記された公文書が、すでに全国へ発せられた。」
「そんな……!」クロエの顔が青ざめる。
宰相の口元がゆがむ。
「王権は空白となり、次の王には私が推す王弟が立つ。民は真実ではなく、形を信じるのだよ。」
「それでも、形を壊すのが真の王の役目だ!」
ノエルが叫び、宰相へと切り込む。
激しい斬撃がぶつかり合い、金属音と火花が飛ぶ。
宰相は見た目に反して老練の剣士だった。
「無駄だ、若造。お前の剣には“守るための覚悟”しかない。人を支配する力があるのは、我々だ!」
「違う。守る覚悟こそが、人を動かす力だ!」
ノエルの剣が炎のように光り、ついに宰相の刃をはじき飛ばした。
衝撃で宰相が膝をつく。
「ぐっ……貴様……。」
「終わりだ、宰相。」
ノエルが剣を突きつけたが、その瞬間、宰相は袖の中から短剣を抜き、ノエルへと突き立てた。
「殿下!」
クロエが叫び、身を投げ出す。
短剣が彼女の肩を貫いた。
痛みの衝撃で視界が白く闪く。
「クロエ!」
ノエルが彼女の体を抱き止め、宰相の手を払いのける。
空気が切り裂かれ、ノエルの刃が一閃。宰相の短剣が飛び、彼の指が血を流す。
兵士たちが動揺し、周囲から悲鳴があがった。
重い沈黙。
ノエルの胸にクロエがしがみつき、血が腕を伝って落ちていく。
「殿下……ご無事で……?」
「お前が……どうして……こんな真似を。」
クロエが微笑む。
「だって……殿下の手が、私の居場所だからです……。」
「そんな理由で命を賭けるな!」
「これが……私の誇りです。」
涙がにじみ、ノエルは彼女を強く抱き締めた。
「君は、僕を変えた。王とは何か、力とは何か。それを教えてくれたのは君だ。」
宰相が立ち上がろうとするが、背後でルシアンが制した。
「もうやめろ、宰相。終わったんだ。」
「貴様、我を裏切るのか!」
「最初から、ついていくつもりなど無かった。」
ルシアンの剣が宰相の前で止まり、ため息のように静かに告げた。
「この国を支えるのは恐怖ではない。殿下のように“愛される王”だ。」
宰相は崩れ、兵たちも次々に投降した。
戦いは終わった。
だがクロエの肩から流れ続ける血が、静かな不安を残す。
ノエルは彼女の手を握る。
「医師を呼べ! 早くしろ!」
遠くから近衛の兵が走り寄り、担架を運んできた。
クロエはかすかに笑う。
「殿下……やはり貴方の手は、あの夜と同じですね。」
「……何を言っている。」
「孤独だった私に、最初に差し伸べてくれた手。私を救ってくださったのは、あなたの手でした。」
「クロエ……。」
「今度は、私の方からです。――殿下、どうか生きぬいてください。」
意識が遠のく中、クロエの手が力を失う。
ノエルはその手を離さず、震える唇で名を呼んだ。
「まだだ、離れるな……クロエ!」
夕日が沈み、赤い空の中で、王城の戦いは終焉を迎えた。
けれど、ひとつの命がその火の中に沈もうとしていた。
差し伸べられたのは、あの日と同じ、彼の手。
だが今度は、その手が祈るように彼女を抱いていた。
続く
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彼の肩口から滲む血は止まらず、衣を真紅に染めている。
それでもノエルの動きは淀みなく、王太子としての威厳そのままに刃を振るっていた。
陽光が剣の軌跡を照らすたび、敵の兵がひとり、またひとりと倒れていく。
だが敵は多く、疲労も確実に彼の身体を蝕んでいた。
クロエは震える足で駆け寄る。
「殿下、もうおやめください。これ以上は――」
「まだ終わらない。このままでは、誰も救えない。」
低く、決意に満ちた声。その目には、強がりではない真の覚悟が宿っていた。
「君に触れれば、敵は私を人情に惑わされた王だと笑うだろう。それでも、君を守ることを誇りに思う。」
その言葉が胸を打つ。
否応なく涙がこみ上げた。
「私は……ただ、殿下に無事でいてほしいだけです。」
「君のその言葉が、生きる理由になる。」
ノエルが立ち上がり、再び剣を構えたその瞬間、宰相派の一団が背後から迫る。
「囲め! 降伏すれば命だけは助けてやれ!」
宰相の冷たい声が響く。
「王太子ノエルよ、王位の座はお前のものではない。今ここに、私がこの国の秩序を正す!」
ノエルの目が細まる。
「秩序を語る者ほど、矛盾に塗れているものだな。」
「愚かな。女のために国を危うくする王など不要だ!」
その一言に、クロエの心が凍った。
だがノエルは怒りではなく、ただ静かに微笑んだ。
「女のために戦う王が、真に民のために戦える王だ。」
言い放たれたその言葉が、周囲の空気を変えた。
一瞬、兵士たちの剣先がわずかに揺らぐ。
その隙を逃すことなく、ノエルは刃を煌かせた。
敵の槍を躱し、宰相の前に踏み込む――しかし、血で滑った足がわずかに取られた。
「殿下!」
クロエが駆け出すより早く、宰相の部下が剣を振りかぶる。
時間が止まったように見えた。
その瞬間、別の影が宰相の兵を突き飛ばした。
飛び込んできたのは、ルシアンだった。
「ルシアン……!」
彼は肩で息をしながら、ノエルを一瞥する。
「不本意だが、借りを返しに来た。」
「お前……何故ここに。」
「宰相の命令に従っていた自分が恥ずかしいんですよ。ようやく自分の愚かさに気づいた。」
宰相の指示で動いてきた彼は、途中で密かに裏切りを決めたのだ。
「ノエル殿下、俺を信用するとは思わないが、今だけは味方をさせてほしい。」
「信用できる根拠があるのか。」
「この命を投げ出す覚悟がある。それで十分では?」
唇を引き締め、ノエルは短く頷いた。
「……なら共に行こう。」
その瞬間、三人は一刃のように同じ方向を向いた。
新たに押し寄せる敵の一団が、反撃の構えを見せる。
ルシアンが先陣に立ち、ノエルがその援護を、クロエは背後から包帯を投げ、傷を塞ぐ指示を飛ばした。
混乱の戦場で、彼らの呼吸はひとつに重なる。
これまで交わらなかった運命が、いま同じ道を歩んでいた。
「王太子様、中央の味方部隊が到着しました!」
遠くから近衛兵団の声が響く。
援軍が入り、戦局が逆転する。
宰相派の兵が次第に押され、動揺の声を上げた。
だが宰相自身は微動だにせず、堂々と立っている。
「ノエル、私を倒しても何も変わらぬ。この城にはすでに“偽王令”が発布されている。」
「偽王令……?」
「お前が反逆者と記された公文書が、すでに全国へ発せられた。」
「そんな……!」クロエの顔が青ざめる。
宰相の口元がゆがむ。
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「それでも、形を壊すのが真の王の役目だ!」
ノエルが叫び、宰相へと切り込む。
激しい斬撃がぶつかり合い、金属音と火花が飛ぶ。
宰相は見た目に反して老練の剣士だった。
「無駄だ、若造。お前の剣には“守るための覚悟”しかない。人を支配する力があるのは、我々だ!」
「違う。守る覚悟こそが、人を動かす力だ!」
ノエルの剣が炎のように光り、ついに宰相の刃をはじき飛ばした。
衝撃で宰相が膝をつく。
「ぐっ……貴様……。」
「終わりだ、宰相。」
ノエルが剣を突きつけたが、その瞬間、宰相は袖の中から短剣を抜き、ノエルへと突き立てた。
「殿下!」
クロエが叫び、身を投げ出す。
短剣が彼女の肩を貫いた。
痛みの衝撃で視界が白く闪く。
「クロエ!」
ノエルが彼女の体を抱き止め、宰相の手を払いのける。
空気が切り裂かれ、ノエルの刃が一閃。宰相の短剣が飛び、彼の指が血を流す。
兵士たちが動揺し、周囲から悲鳴があがった。
重い沈黙。
ノエルの胸にクロエがしがみつき、血が腕を伝って落ちていく。
「殿下……ご無事で……?」
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意識が遠のく中、クロエの手が力を失う。
ノエルはその手を離さず、震える唇で名を呼んだ。
「まだだ、離れるな……クロエ!」
夕日が沈み、赤い空の中で、王城の戦いは終焉を迎えた。
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続く
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