『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第23話 何も起きない日々

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第23話 何も起きない日々


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 王宮と完全に無関係になってから、
 ファワーリスの日常は、驚くほど変わらなかった。

 朝は紅茶を飲み、
 本を読み、
 庭を歩き、
 必要な書類だけ目を通す。

 刺激はない。
 事件もない。
 噂話すら、ほとんど耳に入らなくなった。

 ――何も、起きない。


---

「……本当に、静かですね」

 午後の書斎で、マリエが小さく言う。

「ええ」

 ファワーリスは、ページをめくりながら答える。

「ようやく、
 “普通の静けさ”が戻りました」

「退屈では……ありませんか?」

 その問いに、
 ファワーリスは一瞬だけ考える。

「退屈と平穏は、
 よく似ていて、まったく別物ですわ」

 穏やかな声だった。

「退屈は、
 何かを期待している状態。
 平穏は、
 何も期待しなくていい状態」

 マリエは、はっとする。


---

 その日、公爵家には小さな来客があった。

 隣領の農夫が、
 温室で育てた薬草の成果を報告に来たのだ。

「予定より、生育が良くて……
 専門家の方が、驚いておりました」

「それは、何よりですわ」

 ファワーリスは、微笑むだけ。

「お嬢様は、
 何か特別な指示をされたのですか?」

 農夫の問いに、
 彼女は首を横に振る。

「条件を整えただけです。
 育てたのは、皆さんですわ」

 農夫は、深く頭を下げて帰っていった。


---

 マリエは、その背中を見送りながら言う。

「……感謝されましたね」

「されていません」

 即答だった。

「結果に満足されただけです」

「それと、感謝は違うのですか?」

「ええ」

 ファワーリスは、本を閉じる。

「感謝は、人に向けられるもの。
 満足は、状況に向けられるものです」

 だから、
 彼女は前に出ない。


---

 夕方、庭園を歩きながら、
 ファワーリスはふと立ち止まった。

(何も起きない、ということは)

 かつては、
 それが不安だった。

 問題が起きない裏で、
 何かが歪んでいるのではないかと。

 だが今は違う。

(誰も、私を当てにしていない)

 それは、
 とても健全な状態だった。


---

 夜。

 書斎の灯りの下で、
 ファワーリスは日記を開く。

『今日も、何も起きなかった』

 その一行を書き、
 小さく微笑む。

 何も起きない。
 誰も困らない。
 誰も依存しない。

 それは、
 彼女がずっと望んでいた形だった。

(働いたら負け)

 心の中で、いつもの言葉を繰り返す。

 何もしないのが勝ち。

 そして今日もまた、
 勝ちは、
 静かに積み重なっていく。
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