『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

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第24話 余計なことをしない才能

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第24話 余計なことをしない才能


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 静かな日々が続くと、人は二つに分かれる。

 ――安心する者と、
 ――不安になる者。

 そして後者は、たいてい「何か起こらなければならない」と思い始める。


---

「最近……
 あまりにも、何も起きていませんよね」

 昼下がり、応接室で紅茶を注ぎながら、
 マリエがぽつりと呟いた。

「ええ」

 ファワーリスは、当然のように頷く。

「問題が起きていない、というだけですわ」

「……ですが」

 マリエは少し言いづらそうに続ける。

「“このままでいいのか”と、
 不安になる方も、いらっしゃるようで……」

 ファワーリスは、カップを口に運び、
 静かに一息ついた。

「不安になるのは、
 何かをしていない自覚がある方です」

 即答だった。


---

 その頃、王宮では――
 とはいえ、もはや物語の中心ではない場所で、
 こんな会話が交わされていた。

「最近、目立った問題がないな」 「……不気味だな」

「何か見落としているのでは?」 「誰かが、裏で動いているとか……」

 沈黙。

 そして、誰かが言う。

「……昔は、
 誰かが“何も起きないように”していたのかもしれないな」

 それ以上、言葉は続かなかった。


---

 シグナス公爵家では、
 相変わらず、穏やかな午後が流れていた。

 ファワーリスは、
 読みかけの本を閉じ、
 書棚に戻す。

「お嬢様」

 マリエが、少し困ったような顔で言う。

「“何か、した方がいいのでは”
 という声も……」

「何を、ですか?」

 きっぱりとした問い返し。

「……何かを、改善するとか」

「改善が必要な箇所は?」

「……特に、ありません」

「では」

 ファワーリスは、静かに微笑む。

「余計なことをする理由がありません」


---

 彼女は、歩きながら考える。

 問題がないときに、
 問題を探し始めるのは、
 仕事をしている“気分”になるからだ。

 だが――
 それは、たいてい
 問題を作る行為に変わる。

(私は、それをしないと決めただけ)

 誰かの仕事を奪わない。
 誰かの判断を代行しない。
 誰かの責任を引き受けない。

 それだけで、
 多くの衝突は、最初から起きない。


---

 夕方。

 庭園で、
 管理人と研究者が、
 次の作付けについて話し合っている。

「今回は、こちらの案で進めてみます」 「問題があれば、現場で調整しましょう」

 ファワーリスは、
 遠くからその様子を眺めるだけだった。

「お嬢様は、
 何も言わなくていいのですか?」

「ええ」

 穏やかな声。

「彼らは、
 自分で考え、決められる人たちです」

 それ以上、
 誰が口を挟む必要があるだろうか。


---

 夜。

 書斎の灯りの下で、
 ファワーリスは日記を開く。

『余計なことをしない』

 それだけを書いて、ペンを置く。

 多くの人は、
 何かを“した”ことで評価されたい。

 だが彼女は知っている。

 何もしないという判断は、
 最も難しく、
 最も誤魔化しが利かない才能だということを。

(働いたら負け)

 心の中で、いつもの言葉を繰り返す。

 何もしないのが勝ち。

 そして今日も、
 彼女は何もしなかった。

 だがその“不作為”は、
 確実に、
 誰かの自由と責任を守っていた。
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