『働いたら負けだと思ったので、何もしなかったら勝手に勝ちました』

ふわふわ

文字の大きさ
25 / 40

第25話 静かな勝者の条件

しおりを挟む
第25話 静かな勝者の条件


---

 それは、ある意味で必然だった。

 何も起きない日々が続けば、
 人はやがて「この状態を、誰が作っているのか」を考え始める。

 そして、その問いは――
 最も答えにくい人物へと向かう。


---

「……最近、本当に問題が起きないな」

 公爵家の応接室で、父である公爵がぽつりと漏らした。

 政治の話ではない。
 領地運営の話でもない。
 ただの、雑談に近い一言だった。

「ええ」

 ファワーリスは、紅茶を口に運びながら頷く。

「良いことですわ」

「良すぎて、逆に気になる」

 公爵は苦笑する。

「以前は、
 何かが起きてから対応していた。
 今は……何も起きない」

 そして、娘を見る。

「お前は、本当に何もしていないのか?」

 それは責める声ではなかった。
 確認に近い問いだった。


---

「何もしていませんわ」

 ファワーリスは、即答した。

「誰かの判断に口を出していませんし、
 決定を代行もしていません。
 責任も、引き受けていません」

「……だが、回っている」

「回るように、
 “余計なことをしなかった”だけです」

 公爵は、しばらく黙り込む。

 やがて、低く呟いた。

「それが、できない人間の方が多い」


---

 その日の午後、
 公爵家の管理部門から、
 年度報告の中間まとめが上がってきた。

 数字は堅実。
 成長は緩やかだが、無理がない。

「お嬢様」

 マリエが、書類を抱えて言う。

「全体として、とても安定しています」

「そう」

「……ですが」

 マリエは、言葉を選ぶ。

「“派手さがない”とも言われそうです」

 ファワーリスは、少しだけ微笑んだ。

「派手さは、
 安定を壊した後でないと、
 目立ちませんもの」

 それは、王宮で見てきた現実だった。


---

 夕方、
 領内の若い役人が、公爵家を訪れた。

「新しい施策の提案がありまして……」

 熱意に満ちた声。

「もっと効率化できる余地があります。
 許可をいただければ、
 すぐに着手を――」

 ファワーリスは、静かに問い返す。

「今、困っている点は?」

「……特には」

「では、
 なぜ今、変える必要が?」

 役人は、言葉に詰まった。

「それは……
 良くなるかもしれない、からです」

「“かもしれない”のために、
 今の安定を壊す理由は?」

 沈黙。

 役人は、やがて深く頭を下げた。

「……失礼しました。
 もう一度、検討し直します」


---

 彼が去った後、
 マリエは小さく息を吐いた。

「反感を買いませんか?」

「買いませんわ」

 即答だった。

「何かを止める理由を、
 感情ではなく“状況”で説明しましたもの」

 それは拒絶ではない。
 ただの線引きだ。


---

 夜。

 書斎で、ファワーリスは日記を開く。

『勝つ条件』

 そう書いて、少し考える。

 競わないこと。
 目立たないこと。
 誰かの仕事を奪わないこと。
 誰かの責任を引き受けないこと。

 そして――

『静かであること』

 それを書き加え、ペンを置いた。

(騒がない者は、
 負けているように見える)

 だが実際は逆だ。

 騒ぐ必要がない場所にいる者だけが、
 本当に勝っている。


---

 ファワーリス・シグナスは、
 今日も何もしなかった。

 だが、
 誰も困らず、
 誰も縋らず、
 誰も責任を押し付けない。

 それこそが、
 彼女が選び続けている
 静かな勝利の形だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※短編です。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4800文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...