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第25話 静かな勝者の条件
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第25話 静かな勝者の条件
---
それは、ある意味で必然だった。
何も起きない日々が続けば、
人はやがて「この状態を、誰が作っているのか」を考え始める。
そして、その問いは――
最も答えにくい人物へと向かう。
---
「……最近、本当に問題が起きないな」
公爵家の応接室で、父である公爵がぽつりと漏らした。
政治の話ではない。
領地運営の話でもない。
ただの、雑談に近い一言だった。
「ええ」
ファワーリスは、紅茶を口に運びながら頷く。
「良いことですわ」
「良すぎて、逆に気になる」
公爵は苦笑する。
「以前は、
何かが起きてから対応していた。
今は……何も起きない」
そして、娘を見る。
「お前は、本当に何もしていないのか?」
それは責める声ではなかった。
確認に近い問いだった。
---
「何もしていませんわ」
ファワーリスは、即答した。
「誰かの判断に口を出していませんし、
決定を代行もしていません。
責任も、引き受けていません」
「……だが、回っている」
「回るように、
“余計なことをしなかった”だけです」
公爵は、しばらく黙り込む。
やがて、低く呟いた。
「それが、できない人間の方が多い」
---
その日の午後、
公爵家の管理部門から、
年度報告の中間まとめが上がってきた。
数字は堅実。
成長は緩やかだが、無理がない。
「お嬢様」
マリエが、書類を抱えて言う。
「全体として、とても安定しています」
「そう」
「……ですが」
マリエは、言葉を選ぶ。
「“派手さがない”とも言われそうです」
ファワーリスは、少しだけ微笑んだ。
「派手さは、
安定を壊した後でないと、
目立ちませんもの」
それは、王宮で見てきた現実だった。
---
夕方、
領内の若い役人が、公爵家を訪れた。
「新しい施策の提案がありまして……」
熱意に満ちた声。
「もっと効率化できる余地があります。
許可をいただければ、
すぐに着手を――」
ファワーリスは、静かに問い返す。
「今、困っている点は?」
「……特には」
「では、
なぜ今、変える必要が?」
役人は、言葉に詰まった。
「それは……
良くなるかもしれない、からです」
「“かもしれない”のために、
今の安定を壊す理由は?」
沈黙。
役人は、やがて深く頭を下げた。
「……失礼しました。
もう一度、検討し直します」
---
彼が去った後、
マリエは小さく息を吐いた。
「反感を買いませんか?」
「買いませんわ」
即答だった。
「何かを止める理由を、
感情ではなく“状況”で説明しましたもの」
それは拒絶ではない。
ただの線引きだ。
---
夜。
書斎で、ファワーリスは日記を開く。
『勝つ条件』
そう書いて、少し考える。
競わないこと。
目立たないこと。
誰かの仕事を奪わないこと。
誰かの責任を引き受けないこと。
そして――
『静かであること』
それを書き加え、ペンを置いた。
(騒がない者は、
負けているように見える)
だが実際は逆だ。
騒ぐ必要がない場所にいる者だけが、
本当に勝っている。
---
ファワーリス・シグナスは、
今日も何もしなかった。
だが、
誰も困らず、
誰も縋らず、
誰も責任を押し付けない。
それこそが、
彼女が選び続けている
静かな勝利の形だった。
---
それは、ある意味で必然だった。
何も起きない日々が続けば、
人はやがて「この状態を、誰が作っているのか」を考え始める。
そして、その問いは――
最も答えにくい人物へと向かう。
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「……最近、本当に問題が起きないな」
公爵家の応接室で、父である公爵がぽつりと漏らした。
政治の話ではない。
領地運営の話でもない。
ただの、雑談に近い一言だった。
「ええ」
ファワーリスは、紅茶を口に運びながら頷く。
「良いことですわ」
「良すぎて、逆に気になる」
公爵は苦笑する。
「以前は、
何かが起きてから対応していた。
今は……何も起きない」
そして、娘を見る。
「お前は、本当に何もしていないのか?」
それは責める声ではなかった。
確認に近い問いだった。
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「何もしていませんわ」
ファワーリスは、即答した。
「誰かの判断に口を出していませんし、
決定を代行もしていません。
責任も、引き受けていません」
「……だが、回っている」
「回るように、
“余計なことをしなかった”だけです」
公爵は、しばらく黙り込む。
やがて、低く呟いた。
「それが、できない人間の方が多い」
---
その日の午後、
公爵家の管理部門から、
年度報告の中間まとめが上がってきた。
数字は堅実。
成長は緩やかだが、無理がない。
「お嬢様」
マリエが、書類を抱えて言う。
「全体として、とても安定しています」
「そう」
「……ですが」
マリエは、言葉を選ぶ。
「“派手さがない”とも言われそうです」
ファワーリスは、少しだけ微笑んだ。
「派手さは、
安定を壊した後でないと、
目立ちませんもの」
それは、王宮で見てきた現実だった。
---
夕方、
領内の若い役人が、公爵家を訪れた。
「新しい施策の提案がありまして……」
熱意に満ちた声。
「もっと効率化できる余地があります。
許可をいただければ、
すぐに着手を――」
ファワーリスは、静かに問い返す。
「今、困っている点は?」
「……特には」
「では、
なぜ今、変える必要が?」
役人は、言葉に詰まった。
「それは……
良くなるかもしれない、からです」
「“かもしれない”のために、
今の安定を壊す理由は?」
沈黙。
役人は、やがて深く頭を下げた。
「……失礼しました。
もう一度、検討し直します」
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彼が去った後、
マリエは小さく息を吐いた。
「反感を買いませんか?」
「買いませんわ」
即答だった。
「何かを止める理由を、
感情ではなく“状況”で説明しましたもの」
それは拒絶ではない。
ただの線引きだ。
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夜。
書斎で、ファワーリスは日記を開く。
『勝つ条件』
そう書いて、少し考える。
競わないこと。
目立たないこと。
誰かの仕事を奪わないこと。
誰かの責任を引き受けないこと。
そして――
『静かであること』
それを書き加え、ペンを置いた。
(騒がない者は、
負けているように見える)
だが実際は逆だ。
騒ぐ必要がない場所にいる者だけが、
本当に勝っている。
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ファワーリス・シグナスは、
今日も何もしなかった。
だが、
誰も困らず、
誰も縋らず、
誰も責任を押し付けない。
それこそが、
彼女が選び続けている
静かな勝利の形だった。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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