何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ

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第十五話 遅れて届く異変

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第十五話 遅れて届く異変

 

 王城の朝は、以前よりも騒がしくなっていた。

 正確に言えば、
 人の声が増えたわけではない。
 ただ、報告が重なり、修正が増え、
 同じ話題が何度も机の上を往復するようになった。

「……まだ結論は出ていないのか」

 王太子は、苛立ちを抑えきれずに問いかける。

「はい。
 関係各所から追加の確認が必要だという意見が……」

 官僚は、慎重な言葉を選びながら答える。

 慎重。
 その言葉が、最近やけに多い。

 王太子は、深く息を吸い、吐いた。

「確認ばかりでは、何も進まないだろう」

「ですが、判断を誤るわけには……」

 その会話は、何度目だろう。

 以前なら、
 こうした場面で、自然と話は収束していた。

 誰かが、
 「ここは進めていい」
 「ここは止めるべき」
 と、線を引いていた。

 今は、その線が引かれない。

 結果として、
 誰も責任を負わず、
 誰も決めない。

 会議が終わったあと、
 王太子は一人、執務室に残った。

 机の上には、
 またしても棚上げされた案件の束。

「……おかしい」

 小さく呟く。

 問題は、突然起きているわけではない。
 むしろ、静かすぎる。

 だが、
 その静けさの裏で、
 何かが確実に溜まっている感覚があった。

 その頃、港湾都市では。

「出港が、また一日延びるそうだ」

「理由は?」

「通関手続きの最終確認が終わっていないとか」

 商人たちは、眉をひそめる。

「最近、多いな」 「前は、こんなに滞らなかった」

 だが、怒号は上がらない。
 まだ、致命的ではないからだ。

 ただ、その「一日」が、
 次の「一日」を呼び、
 やがて、数字として現れ始める。

 税収の遅れ。
 物流の鈍化。
 予定していた取引の延期。

 それらは、単体では小さい。
 だが、積み重なると、
 確実に国の動きを鈍らせる。

 王城に戻り、
 財務官が小さく報告する。

「……先月分の見込みより、収入が下振れしています」

「どの程度だ」

「現時点では、誤差の範囲です」

 誤差。
 便利な言葉だ。

 王太子は、頷くしかなかった。

 その夜。

 王太子は、久しぶりに、
 一人で過去の記録を読み返していた。

 ネフェリアが関わっていた時期の資料。

 決裁の速度。
 修正の回数。
 問題発生率。

 数字は、はっきりしている。

「……違う」

 思わず、声が漏れる。

 以前は、
 問題が表に出る前に、消えていた。

 今は、
 問題が問題として育ってから、
 ようやく対処しようとしている。

 その差は、
 時間が経てば経つほど、
 取り返しがつかなくなる。

 一方、帝国では。

「この件、当初案で進めて問題ありません」

 ネフェリアは、静かに言う。

「ただし、三か月後の検証を条件に」

 官僚は頷き、
 迷いなく手続きを進める。

 判断は早い。
 だが、無謀ではない。

 決めるべきところで決め、
 見直すべきところは、後で検証する。

 それだけのこと。

 だが、それができる組織は、
 驚くほど少ない。

 セドリックは、廊下でネフェリアに声をかけた。

「王国の動きが、鈍っています」

「……そうでしょうね」

 ネフェリアは、驚かない。

「変化は、遅れて届くものですから」

「やがて、こちらにも影響が?」

「ええ。
 ですが、それは帝国にとって、
 必ずしも悪い話ではありません」

 ネフェリアの声は、冷静だった。

 彼女は、復讐を望んでいない。
 ただ、現実を見ているだけだ。

 王国が、
 自分のいない状態に適応できなければ、
 結果が出る。

 それだけの話。

 王太子は、まだ気づいていない。

 異変は、もう「兆し」ではなく、
 数字となり、
 遅延となり、
 選択肢を奪い始めていることに。

 そしてその差は、
 追いつこうとしたときには、
 すでに埋められないほど、
 開いているということにも。

 第十五話は、
 その「遅れて届く異変」が、
 確実に形を持ち始めたことを示していた。
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