白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました

ふわふわ

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第20話 公の圧力

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第20話 公の圧力

 その招待状は、断れる種類のものではなかった。

 王宮主催――
 名目は「地方安定に尽力した諸侯への感謝式典」。

 表向きは、祝賀。
 実態は、舞台装置。

「……来ましたわね」

 ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、招待状を見つめながら静かに呟いた。

 差出人は王宮。
 だが、文面の随所に“王太子の意向”が滲んでいる。

「断れば、“不義理”」 「出席すれば、“公開の場”」

 どちらに転んでも、
 王宮は動く。

 クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、即断した。

「出る」

「……よろしいのですか?」

「逃げていると思われる方が、面倒だ」

 短く、しかし迷いはない。

「ただし――」 「想定される質問と、誘導はすべて潰す」

 その言葉に、ディアナは小さく息を吐いた。

(……腹を括る、ということですわね)

 ***

 式典当日。

 王宮の大広間は、華やかな装飾に包まれていた。
 だが、その空気はどこか張り詰めている。

 貴族たちの視線が、
 一点に集まる。

「……来たわ」 「シュヴァルツハルト公爵と……」

「公爵夫人」

 囁きが、波のように広がった。

 ディアナは、クロヴィスの隣を歩く。
 半歩後ろでもなく、前でもない。

 ――並んで。

 それだけで、周囲の空気が変わった。

(……見せつけるつもりはない)

(けれど、隠すつもりもない)

 玉座の前。

 王太子エドガルド・ヴァルシュタインが、二人を迎える。

「公爵、そして……ディアナ」

 その呼び方に、わずかな私情が混じる。

「遠路、よく来てくれた」 「先日の件もあり、心配していた」

 ――来た。

 予想通りの切り出し。

「ご懸念には及びません」

 答えたのは、クロヴィスだった。

「事件はすでに収束し、再発防止策も講じている」

「だが――」

 エドガルドは、視線をディアナへ向ける。

「公爵夫人の身に、危険が及んだのは事実だ」 「王宮としては――」

 広間の空気が、ぴんと張る。

 ここで、
 “保護”
 “王宮預かり”
 その言葉が出れば――。

 ディアナは、一歩前に出た。

 それは、クロヴィスの予想内。
 だが、王宮側の想定外。

「王太子殿下」

 声は、よく通る。

「ご心配いただき、ありがとうございます」

 まずは、礼。

「ですが、私の安全は」 「シュヴァルツハルト公爵領の責任において、十分に確保されております」

 ざわり、と小さな動揺。

 公の場で、
 自分の身を“自分の意思で”語る公爵夫人。

「それでも――」

 エドガルドが言いかける。

 ディアナは、視線を逸らさない。

「私は、ここに“保護されに”来ているのではありません」

 その一言が、広間を静まり返らせた。

「私は、自分で選んだ場所で」 「自分の役割を果たしています」

 王太子の表情が、僅かに硬くなる。

「……それは、感情論では?」

「いいえ」

 ディアナは、静かに首を振った。

「責任論です」

 その瞬間、クロヴィスが口を開く。

「王太子殿下」

 低く、揺るぎない声。

「公爵夫人は、私の正式な妻だ」 「王宮の管理対象ではない」

 はっきりとした線引き。

 公の場での宣言。

 貴族たちが、息を呑む。

 エドガルドは、言葉を失いかけ――
 だが、引き下がらない。

「……それでも、国全体の安定を考えれば」

 その瞬間。

「殿下」

 ディアナが、最後の一手を打った。

「もし、王宮が“安定”を理由に」 「個人の意思を軽んじるのであれば」

 少し、間を置く。

「それは、本当に“安定”でしょうか」

 問いかけ。

 糾弾ではない。
 だが、逃げ道もない。

 沈黙が落ちる。

 この場で、
 王太子が強行すれば――
 それは“横暴”として記憶される。

 エドガルドは、拳を握りしめ――
 ゆっくりと、息を吐いた。

「……分かった」

 苦い声。

「今日のところは、ここまでにしよう」

 式典は、その後も続いたが、
 空気は完全に変わっていた。

 ディアナとクロヴィスは、
 もはや“揺さぶれる側”ではない。

 並び立ち、
 自分たちの立場を、
 公の場で確立した存在。

 ***

 王宮を後にした馬車の中。

 しばらく、二人は黙っていた。

 やがて、クロヴィスが言う。

「……無茶をしたな」

「承知しています」

 ディアナは、微笑んだ。

「でも、後悔はしていません」

 クロヴィスは、少しだけ視線を逸らす。

「俺は――」 「あなたを、前に出すつもりはなかった」

「分かっています」

 ディアナは、穏やかに答えた。

「でも……今日は」 「一緒に立ちたかった」

 その言葉に、クロヴィスの胸が強く鳴った。

(……一緒に)

 白い結婚。
 理想の距離。

 それはもう、
 並び立つ関係へと変わっている。

 王宮の圧力は、失敗した。

 だが――
 それは、王太子にとって
 “引き下がれなくなった”合図でもあった。

 そしてディアナは、
 公の場で初めて――
 自分の居場所を、自分の言葉で守り切った。


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