白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました

ふわふわ

文字の大きさ
19 / 41

第19話 強硬策の兆し

しおりを挟む
第19話 強硬策の兆し

 王宮は、静まり返っていた。

 いや――正確には、静まらせていた。

 不要な噂を抑え、情報の流れを制限し、
 事態が“大事”として広がらないよう、必死に蓋をしている。

 だが、その内側では。

「……シュヴァルツハルト公爵領で、事件が起きた?」

 王太子エドガルド・ヴァルシュタインは、報告書を睨みつけた。

「はい。公爵夫人が視察中に襲撃を受けました」

「被害は」

「……未遂です」 「公爵本人が現場に駆けつけ、犯人は全員拘束されました」

 その一文を読んだ瞬間、
 エドガルドの胸に、はっきりとした感情が込み上げた。

(……本人が?)

 護衛ではない。
 騎士団でもない。

(公爵が、直接)

 書類を持つ指が、強く食い込む。

「……理由は?」

「現在、調査中ですが……」 「反公爵派の動きと見るのが自然かと」

 重臣が、慎重に言葉を選ぶ。

「それと……」 「王都でも、この件を“嗅ぎつけている者”がいます」

「……どこまで、広がっている」

「まだ限定的です」 「ですが、“公爵夫人が守られている”という話は……」

 エドガルドは、目を閉じた。

(……守られている)

 白い結婚。
 形だけの関係。

 そう信じたかった。

 だが、現実は――
 まったく違う。

「……使者を送れ」

 低い声で、命じる。

「正式なものだ」 「“王宮としての懸念”を理由に」

 重臣の一人が、眉をひそめた。

「殿下……それは」 「内政干渉と受け取られる恐れが」

「構わん」

 エドガルドは、きっぱりと言った。

「このままでは、完全に“切り離される”」

 その言葉に、誰も反論できなかった。

 ――同じ頃。

 シュヴァルツハルト公爵邸では、
 事件後の対応が淡々と進められていた。

 警備の再配置。
 街道の監視強化。
 反公爵派の洗い出し。

 すべてが、迅速で、無駄がない。

 ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、執務室の一角で報告を聞いていた。

「……大事にならず、良かったですわね」

 その声は、穏やかだった。

 だが、内心では理解している。

(王宮が、黙っていない)

 この事件は、
 “守られている”という事実を、
 はっきりと示してしまった。

 そこへ、執事が入ってくる。

「公爵様、王宮より正式な書簡が」

 クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、無言で受け取った。

 封を切り、内容に目を通す。

「……やはり来たか」

 短く、そう呟く。

 書簡の内容は、表向きには“懸念”だった。

『王太子殿下は、先日の事件を重く受け止めておられます
 公爵夫人の安全が、王国全体の安定に関わるとして
 王宮としても、状況を把握したい――』

「……把握、だと」

 クロヴィスは、鼻で笑った。

「都合のいい言葉だ」

 ディアナは、静かに書簡を見つめる。

「王宮が、直接関与する口実ですね」

「そうだ」

 クロヴィスは、即答した。

「次は、“保護”を理由に、引き取ろうとするだろう」

 ディアナは、ゆっくりと息を吐いた。

(……やはり)

 王宮は、彼女を“個人”としては見ていない。

 政治の部品。
 安定のための駒。

「……どうしますか」

 ディアナは、尋ねた。

 クロヴィスは、迷わなかった。

「拒否する」

「王宮の申し出を?」

「ああ」

 きっぱりと。

「これは、内政問題だ」 「第三者が介入する理由はない」

 その言葉に、ディアナは胸の奥で強く感じる。

(……完全に、盾になっている)

 夜。

 王宮では、別の動きも始まっていた。

「……直接会えないなら」 「周囲から、揺さぶれ」

 エドガルドは、低い声で指示を出す。

「旧知の貴族、遠縁、学友……」 「“心配している”という形で、接触させろ」

「殿下……それは」

「説得ではない」

 彼は、苦々しく言った。

「“確認”だ」

 彼女が、
 本当に幸せなのか。
 本当に、満足しているのか。

(……まだ、取り戻せるのか)

 その夜。

 ディアナは、窓辺で夜空を見上げていた。

 事件以来、護衛は増えた。
 だが、息苦しさはない。

 むしろ――。

(……守られているというより)

(選ばれている)

 そんな感覚が、胸に残っている。

 そこへ、クロヴィスの声。

「……王宮は、次に動く」

「ええ」

 ディアナは、頷いた。

「穏便では、なくなるでしょうね」

 クロヴィスは、しばらく黙り――
 そして、静かに言った。

「そのときは」 「俺が前に立つ」

 ディアナは、彼を見た。

 もう、迷いはない。

「……ありがとうございます」

 それは、契約への感謝ではない。

 個人としての、言葉だ。

 王宮の強硬策は、
 すでに水面下で動き始めている。

 だが――
 その“強さ”が、
 誰を敵に回すことになるのか。

 王太子は、まだ理解していなかった。

 そしてディアナは、
 もう一度、自分で選ぶ覚悟を固めていた。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

婚約破棄をありがとう

あんど もあ
ファンタジー
リシャール王子に婚約破棄されたパトリシアは思った。「婚約破棄してくれるなんて、なんていい人!」 さらに、魔獣の出る辺境伯の息子との縁談を決められる。「なんて親切な人!」 新しい婚約者とラブラブなバカップルとなったパトリシアは、しみじみとリシャール王子に感謝する。 しかし、当のリシャールには災難が降りかかっていた……。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...