20 / 41
第20話 公の圧力
しおりを挟む
第20話 公の圧力
その招待状は、断れる種類のものではなかった。
王宮主催――
名目は「地方安定に尽力した諸侯への感謝式典」。
表向きは、祝賀。
実態は、舞台装置。
「……来ましたわね」
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、招待状を見つめながら静かに呟いた。
差出人は王宮。
だが、文面の随所に“王太子の意向”が滲んでいる。
「断れば、“不義理”」 「出席すれば、“公開の場”」
どちらに転んでも、
王宮は動く。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、即断した。
「出る」
「……よろしいのですか?」
「逃げていると思われる方が、面倒だ」
短く、しかし迷いはない。
「ただし――」 「想定される質問と、誘導はすべて潰す」
その言葉に、ディアナは小さく息を吐いた。
(……腹を括る、ということですわね)
***
式典当日。
王宮の大広間は、華やかな装飾に包まれていた。
だが、その空気はどこか張り詰めている。
貴族たちの視線が、
一点に集まる。
「……来たわ」 「シュヴァルツハルト公爵と……」
「公爵夫人」
囁きが、波のように広がった。
ディアナは、クロヴィスの隣を歩く。
半歩後ろでもなく、前でもない。
――並んで。
それだけで、周囲の空気が変わった。
(……見せつけるつもりはない)
(けれど、隠すつもりもない)
玉座の前。
王太子エドガルド・ヴァルシュタインが、二人を迎える。
「公爵、そして……ディアナ」
その呼び方に、わずかな私情が混じる。
「遠路、よく来てくれた」 「先日の件もあり、心配していた」
――来た。
予想通りの切り出し。
「ご懸念には及びません」
答えたのは、クロヴィスだった。
「事件はすでに収束し、再発防止策も講じている」
「だが――」
エドガルドは、視線をディアナへ向ける。
「公爵夫人の身に、危険が及んだのは事実だ」 「王宮としては――」
広間の空気が、ぴんと張る。
ここで、
“保護”
“王宮預かり”
その言葉が出れば――。
ディアナは、一歩前に出た。
それは、クロヴィスの予想内。
だが、王宮側の想定外。
「王太子殿下」
声は、よく通る。
「ご心配いただき、ありがとうございます」
まずは、礼。
「ですが、私の安全は」 「シュヴァルツハルト公爵領の責任において、十分に確保されております」
ざわり、と小さな動揺。
公の場で、
自分の身を“自分の意思で”語る公爵夫人。
「それでも――」
エドガルドが言いかける。
ディアナは、視線を逸らさない。
「私は、ここに“保護されに”来ているのではありません」
その一言が、広間を静まり返らせた。
「私は、自分で選んだ場所で」 「自分の役割を果たしています」
王太子の表情が、僅かに硬くなる。
「……それは、感情論では?」
「いいえ」
ディアナは、静かに首を振った。
「責任論です」
その瞬間、クロヴィスが口を開く。
「王太子殿下」
低く、揺るぎない声。
「公爵夫人は、私の正式な妻だ」 「王宮の管理対象ではない」
はっきりとした線引き。
公の場での宣言。
貴族たちが、息を呑む。
エドガルドは、言葉を失いかけ――
だが、引き下がらない。
「……それでも、国全体の安定を考えれば」
その瞬間。
「殿下」
ディアナが、最後の一手を打った。
「もし、王宮が“安定”を理由に」 「個人の意思を軽んじるのであれば」
少し、間を置く。
「それは、本当に“安定”でしょうか」
問いかけ。
糾弾ではない。
だが、逃げ道もない。
沈黙が落ちる。
この場で、
王太子が強行すれば――
それは“横暴”として記憶される。
エドガルドは、拳を握りしめ――
ゆっくりと、息を吐いた。
「……分かった」
苦い声。
「今日のところは、ここまでにしよう」
式典は、その後も続いたが、
空気は完全に変わっていた。
ディアナとクロヴィスは、
もはや“揺さぶれる側”ではない。
並び立ち、
自分たちの立場を、
公の場で確立した存在。
***
王宮を後にした馬車の中。
しばらく、二人は黙っていた。
やがて、クロヴィスが言う。
「……無茶をしたな」
「承知しています」
ディアナは、微笑んだ。
「でも、後悔はしていません」
クロヴィスは、少しだけ視線を逸らす。
「俺は――」 「あなたを、前に出すつもりはなかった」
「分かっています」
ディアナは、穏やかに答えた。
「でも……今日は」 「一緒に立ちたかった」
その言葉に、クロヴィスの胸が強く鳴った。
(……一緒に)
白い結婚。
理想の距離。
それはもう、
並び立つ関係へと変わっている。
王宮の圧力は、失敗した。
だが――
それは、王太子にとって
“引き下がれなくなった”合図でもあった。
そしてディアナは、
公の場で初めて――
自分の居場所を、自分の言葉で守り切った。
---
その招待状は、断れる種類のものではなかった。
王宮主催――
名目は「地方安定に尽力した諸侯への感謝式典」。
表向きは、祝賀。
実態は、舞台装置。
「……来ましたわね」
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、招待状を見つめながら静かに呟いた。
差出人は王宮。
だが、文面の随所に“王太子の意向”が滲んでいる。
「断れば、“不義理”」 「出席すれば、“公開の場”」
どちらに転んでも、
王宮は動く。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、即断した。
「出る」
「……よろしいのですか?」
「逃げていると思われる方が、面倒だ」
短く、しかし迷いはない。
「ただし――」 「想定される質問と、誘導はすべて潰す」
その言葉に、ディアナは小さく息を吐いた。
(……腹を括る、ということですわね)
***
式典当日。
王宮の大広間は、華やかな装飾に包まれていた。
だが、その空気はどこか張り詰めている。
貴族たちの視線が、
一点に集まる。
「……来たわ」 「シュヴァルツハルト公爵と……」
「公爵夫人」
囁きが、波のように広がった。
ディアナは、クロヴィスの隣を歩く。
半歩後ろでもなく、前でもない。
――並んで。
それだけで、周囲の空気が変わった。
(……見せつけるつもりはない)
(けれど、隠すつもりもない)
玉座の前。
王太子エドガルド・ヴァルシュタインが、二人を迎える。
「公爵、そして……ディアナ」
その呼び方に、わずかな私情が混じる。
「遠路、よく来てくれた」 「先日の件もあり、心配していた」
――来た。
予想通りの切り出し。
「ご懸念には及びません」
答えたのは、クロヴィスだった。
「事件はすでに収束し、再発防止策も講じている」
「だが――」
エドガルドは、視線をディアナへ向ける。
「公爵夫人の身に、危険が及んだのは事実だ」 「王宮としては――」
広間の空気が、ぴんと張る。
ここで、
“保護”
“王宮預かり”
その言葉が出れば――。
ディアナは、一歩前に出た。
それは、クロヴィスの予想内。
だが、王宮側の想定外。
「王太子殿下」
声は、よく通る。
「ご心配いただき、ありがとうございます」
まずは、礼。
「ですが、私の安全は」 「シュヴァルツハルト公爵領の責任において、十分に確保されております」
ざわり、と小さな動揺。
公の場で、
自分の身を“自分の意思で”語る公爵夫人。
「それでも――」
エドガルドが言いかける。
ディアナは、視線を逸らさない。
「私は、ここに“保護されに”来ているのではありません」
その一言が、広間を静まり返らせた。
「私は、自分で選んだ場所で」 「自分の役割を果たしています」
王太子の表情が、僅かに硬くなる。
「……それは、感情論では?」
「いいえ」
ディアナは、静かに首を振った。
「責任論です」
その瞬間、クロヴィスが口を開く。
「王太子殿下」
低く、揺るぎない声。
「公爵夫人は、私の正式な妻だ」 「王宮の管理対象ではない」
はっきりとした線引き。
公の場での宣言。
貴族たちが、息を呑む。
エドガルドは、言葉を失いかけ――
だが、引き下がらない。
「……それでも、国全体の安定を考えれば」
その瞬間。
「殿下」
ディアナが、最後の一手を打った。
「もし、王宮が“安定”を理由に」 「個人の意思を軽んじるのであれば」
少し、間を置く。
「それは、本当に“安定”でしょうか」
問いかけ。
糾弾ではない。
だが、逃げ道もない。
沈黙が落ちる。
この場で、
王太子が強行すれば――
それは“横暴”として記憶される。
エドガルドは、拳を握りしめ――
ゆっくりと、息を吐いた。
「……分かった」
苦い声。
「今日のところは、ここまでにしよう」
式典は、その後も続いたが、
空気は完全に変わっていた。
ディアナとクロヴィスは、
もはや“揺さぶれる側”ではない。
並び立ち、
自分たちの立場を、
公の場で確立した存在。
***
王宮を後にした馬車の中。
しばらく、二人は黙っていた。
やがて、クロヴィスが言う。
「……無茶をしたな」
「承知しています」
ディアナは、微笑んだ。
「でも、後悔はしていません」
クロヴィスは、少しだけ視線を逸らす。
「俺は――」 「あなたを、前に出すつもりはなかった」
「分かっています」
ディアナは、穏やかに答えた。
「でも……今日は」 「一緒に立ちたかった」
その言葉に、クロヴィスの胸が強く鳴った。
(……一緒に)
白い結婚。
理想の距離。
それはもう、
並び立つ関係へと変わっている。
王宮の圧力は、失敗した。
だが――
それは、王太子にとって
“引き下がれなくなった”合図でもあった。
そしてディアナは、
公の場で初めて――
自分の居場所を、自分の言葉で守り切った。
---
10
あなたにおすすめの小説
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
妹のために愛の無い結婚をすることになりました
バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」
愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。
婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。
私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。
落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。
思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
謹んで、婚約破棄をお受けいたします。
パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。
白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします
鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。
だが彼女は泣かなかった。
なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。
教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。
それは逃避ではない。
男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。
やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。
王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。
一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。
これは、愛を巡る物語ではない。
「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。
白は弱さではない。
白は、均衡を保つ力。
白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる