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第18話 理由が表に出るとき
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第18話 理由が表に出るとき
その日は、あまりにも穏やかに始まった。
朝の空気は澄み、雲一つない青空が広がっている。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、久しぶりに一人で領内視察へ向かう予定だった。
「近郊の織物工房を見てみたいのです」
前日にそう告げたとき、クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは一瞬だけ考え――頷いた。
「護衛は付ける」
「……過剰にならない範囲で」
「分かっている」
そのやり取りは、いつも通りだった。
だからこそ。
(……油断していましたわね)
馬車が街道を外れ、工房へ続く細い道に差しかかったとき。
ディアナは、はっきりと“異変”を感じ取った。
――静かすぎる。
鳥の声がしない。
人の気配が、不自然に消えている。
「……御者さん」
声をかけようとした、その瞬間。
ガン、と鈍い音が響いた。
馬車が大きく揺れ、急停止する。
「何事――」
言葉は、最後まで続かなかった。
外から、荒い声が飛んでくる。
「動くな!」 「騒げば命はない!」
ディアナは、即座に状況を理解した。
(……狙いは、私)
盗賊ではない。
動きが、統制されすぎている。
護衛が応戦する音が聞こえる。
だが、数が多い。
(……王宮、ではありませんわね)
もっと直接的だ。
この領地の安定を、快く思わない者たち。
ディアナは、深く息を吸い、落ち着こうとする。
(慌てない。叫ばない)
だが――。
次の瞬間。
馬車の扉が、乱暴に開けられた。
「……女?」
覆面の男が、訝しげにディアナを見る。
「聞いてた話と違うな」 「もっと……気位の高い貴族かと」
ディアナは、静かに男を見返した。
「失礼ですわね」
その声音に、震えはない。
「私は、この領地の客人です」 「無事に帰れなければ、あなた方は――」
最後まで言わせなかった。
「黙れ!」
男が手を伸ばす。
――その瞬間。
風が、裂けた。
次の瞬間、男は吹き飛んでいた。
「……何?」
遅れて響く、剣の音。
そして。
「――下がれ」
低く、冷たい声。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトが、そこに立っていた。
「全員、制圧しろ」 「一人も逃がすな」
護衛たちが、一斉に動く。
数で勝っていたはずの襲撃者たちは、瞬く間に追い詰められていった。
ディアナは、呆然とその光景を見つめていた。
(……なぜ、ここに)
クロヴィスは、彼女のもとへ歩み寄る。
「怪我は」
短い問い。
「……ありません」
答えながら、気づく。
彼の呼吸が、わずかに乱れている。
怒り。
焦燥。
それらを、必死に抑えている。
「戻る」
有無を言わせぬ声音だった。
その後のことは、ほとんど記憶が曖昧だ。
屋敷へ戻り、治療を受け、状況説明が行われる。
襲撃者たちは、全員拘束された。
目的は明確だった。
――公爵夫人の拉致、もしくは排除。
夜。
ディアナは、自室で一人、窓辺に立っていた。
(……本当に、危なかった)
だが、それ以上に。
(……なぜ、あの方が)
クロヴィスは、視察の予定を把握していた。
だが、同行する予定ではなかったはずだ。
そこへ、ノック。
「……入る」
クロヴィスだった。
昼間とは違い、鎧は脱ぎ、表情も落ち着いている。
「……説明を、求めるか」
「ええ」
ディアナは、正直に答えた。
「なぜ、あなたが?」
クロヴィスは、一瞬だけ視線を逸らし、そして言った。
「……嫌な予感がした」
それだけ。
ディアナは、言葉を失う。
「合理的ではないな」
自嘲気味に、続ける。
「だが……間に合わなかったらと考えた」
沈黙。
白い結婚。
干渉しない関係。
その前提が、完全に崩れている。
「……私は」
クロヴィスは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「あなたを、失う可能性を許容できなかった」
それは。
契約でも。
政治判断でもない。
ただの――感情だ。
ディアナの胸が、大きく脈打つ。
「……それは」
問いかけようとして、言葉が続かない。
クロヴィスは、視線を上げた。
「白い結婚の条件は、理解している」 「今も、尊重するつもりだ」
だが。
「だが、守ることだけは、譲れない」
静かで、揺るぎのない宣言だった。
ディアナは、しばらく何も言えなかった。
恐怖。
安堵。
そして――。
(……この人は)
初めて、はっきりと理解する。
この人は、もう“距離”の外に立っている。
夜風が、カーテンを揺らす。
白い結婚。
理想の距離。
それらは、この事件を境に――
もう、元には戻らなかった。
そして二人は、
その事実を、静かに受け止め始めていた。
その日は、あまりにも穏やかに始まった。
朝の空気は澄み、雲一つない青空が広がっている。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、久しぶりに一人で領内視察へ向かう予定だった。
「近郊の織物工房を見てみたいのです」
前日にそう告げたとき、クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは一瞬だけ考え――頷いた。
「護衛は付ける」
「……過剰にならない範囲で」
「分かっている」
そのやり取りは、いつも通りだった。
だからこそ。
(……油断していましたわね)
馬車が街道を外れ、工房へ続く細い道に差しかかったとき。
ディアナは、はっきりと“異変”を感じ取った。
――静かすぎる。
鳥の声がしない。
人の気配が、不自然に消えている。
「……御者さん」
声をかけようとした、その瞬間。
ガン、と鈍い音が響いた。
馬車が大きく揺れ、急停止する。
「何事――」
言葉は、最後まで続かなかった。
外から、荒い声が飛んでくる。
「動くな!」 「騒げば命はない!」
ディアナは、即座に状況を理解した。
(……狙いは、私)
盗賊ではない。
動きが、統制されすぎている。
護衛が応戦する音が聞こえる。
だが、数が多い。
(……王宮、ではありませんわね)
もっと直接的だ。
この領地の安定を、快く思わない者たち。
ディアナは、深く息を吸い、落ち着こうとする。
(慌てない。叫ばない)
だが――。
次の瞬間。
馬車の扉が、乱暴に開けられた。
「……女?」
覆面の男が、訝しげにディアナを見る。
「聞いてた話と違うな」 「もっと……気位の高い貴族かと」
ディアナは、静かに男を見返した。
「失礼ですわね」
その声音に、震えはない。
「私は、この領地の客人です」 「無事に帰れなければ、あなた方は――」
最後まで言わせなかった。
「黙れ!」
男が手を伸ばす。
――その瞬間。
風が、裂けた。
次の瞬間、男は吹き飛んでいた。
「……何?」
遅れて響く、剣の音。
そして。
「――下がれ」
低く、冷たい声。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトが、そこに立っていた。
「全員、制圧しろ」 「一人も逃がすな」
護衛たちが、一斉に動く。
数で勝っていたはずの襲撃者たちは、瞬く間に追い詰められていった。
ディアナは、呆然とその光景を見つめていた。
(……なぜ、ここに)
クロヴィスは、彼女のもとへ歩み寄る。
「怪我は」
短い問い。
「……ありません」
答えながら、気づく。
彼の呼吸が、わずかに乱れている。
怒り。
焦燥。
それらを、必死に抑えている。
「戻る」
有無を言わせぬ声音だった。
その後のことは、ほとんど記憶が曖昧だ。
屋敷へ戻り、治療を受け、状況説明が行われる。
襲撃者たちは、全員拘束された。
目的は明確だった。
――公爵夫人の拉致、もしくは排除。
夜。
ディアナは、自室で一人、窓辺に立っていた。
(……本当に、危なかった)
だが、それ以上に。
(……なぜ、あの方が)
クロヴィスは、視察の予定を把握していた。
だが、同行する予定ではなかったはずだ。
そこへ、ノック。
「……入る」
クロヴィスだった。
昼間とは違い、鎧は脱ぎ、表情も落ち着いている。
「……説明を、求めるか」
「ええ」
ディアナは、正直に答えた。
「なぜ、あなたが?」
クロヴィスは、一瞬だけ視線を逸らし、そして言った。
「……嫌な予感がした」
それだけ。
ディアナは、言葉を失う。
「合理的ではないな」
自嘲気味に、続ける。
「だが……間に合わなかったらと考えた」
沈黙。
白い結婚。
干渉しない関係。
その前提が、完全に崩れている。
「……私は」
クロヴィスは、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「あなたを、失う可能性を許容できなかった」
それは。
契約でも。
政治判断でもない。
ただの――感情だ。
ディアナの胸が、大きく脈打つ。
「……それは」
問いかけようとして、言葉が続かない。
クロヴィスは、視線を上げた。
「白い結婚の条件は、理解している」 「今も、尊重するつもりだ」
だが。
「だが、守ることだけは、譲れない」
静かで、揺るぎのない宣言だった。
ディアナは、しばらく何も言えなかった。
恐怖。
安堵。
そして――。
(……この人は)
初めて、はっきりと理解する。
この人は、もう“距離”の外に立っている。
夜風が、カーテンを揺らす。
白い結婚。
理想の距離。
それらは、この事件を境に――
もう、元には戻らなかった。
そして二人は、
その事実を、静かに受け止め始めていた。
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