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第23話 疑心の連鎖
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第23話 疑心の連鎖
王宮の空気が、明らかに変わり始めていた。
ざわめきはない。
怒号もない。
ただ――沈黙が増えた。
エドガルド・ヴァルシュタインは、執務室で書類を机に叩きつけた。
「……なぜ、誰も来ない」
机の上には、未処理の報告書が積み上がっている。
だが、それらは“届いたもの”ではない。
届かなかった報告の、代替だ。
「商会からの連絡は?」
「……途絶えています」
側近の声が、歯切れ悪くなる。
「反公爵派の貴族は?」
「数名が“病”を理由に引きこもり」 「数名は、王都を離れたとのことです」
「……逃げたのか?」
「いえ」
側近は、一瞬言葉を探し――告げた。
「シュヴァルツハルト公爵邸に、出入りしている者もおります」
その瞬間。
エドガルドの胸に、冷たいものが落ちた。
(……裏切り?)
いや、違う。
(切られた、のか)
自分が。
「……ベルナールは?」
名を出した瞬間、
空気がさらに重くなる。
「……本日、姿を見ておりません」
「何?」
「自邸にも戻っていないようで……」
エドガルドは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……探せ」
「すでに」
側近は、視線を逸らす。
「公爵側の動きが早く」 「こちらの人間が、近づけない状況です」
その言葉は、
王太子の影響力が及ばない領域が生まれた
という意味だった。
「……まさか」
エドガルドは、唇を噛む。
「“保護”か」
彼らは、逃げたのではない。
捕らえられたのでもない。
守られたのだ。
自分ではなく、
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトに。
「……利用しただけのはずだった」
反公爵派。
商会。
側近。
すべて、駒だった。
だが――
駒は、盤の外に出れば“人”に戻る。
「……っ」
エドガルドは、拳を握りしめる。
怒りよりも先に来たのは、
恐怖だった。
***
同じ頃。
シュヴァルツハルト公爵邸の一室では、
数名の貴族が、静かに席に着いていた。
顔色は青白い。
だが、怯え切ってはいない。
「……助けていただけるとは」
「いえ」
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、淡々と答えた。
「事実関係を、整理しているだけです」
机の上には、書類。
商会との取引記録。
王都からの資金の流れ。
指示が“どこから”来たか。
「我々は……」
一人の貴族が、声を震わせる。
「ただ、王太子殿下の側近から」 「“協力すれば、立場が安定する”と……」
「分かっています」
クロヴィスは、遮らずに聞く。
「あなた方は、命じられた」 「そして、断れなかった」
その一言で、
場の空気がわずかに緩んだ。
「ここでは」 「責任を、正しく切り分けます」
彼は、はっきりと言う。
「あなた方が背負うのは“判断ミス”までだ」 「“悪意”ではない」
貴族たちが、顔を上げる。
(……切り捨てられない)
(守られている)
それが、どれほど重い意味を持つか。
「王宮から、問い合わせが来るでしょう」
クロヴィスは、続けた。
「ですが、答えるのは“事実のみ”でいい」 「誰かを庇う必要はない」
それは、
王太子を守らなくていい
という宣告だった。
***
夜。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、書斎で本を閉じた。
集中できない。
(……王宮、荒れているはず)
直接の情報は、まだ来ていない。
だが、気配で分かる。
そこへ、控えめなノック。
「……入って」
クロヴィスだった。
「状況は?」
「順調だ」
短く、しかし確信のある声。
「王太子は、孤立し始めている」
ディアナは、静かに頷いた。
「……人が離れる時って」
「音がしませんのね」
「そうだ」
クロヴィスは、椅子に腰掛ける。
「怒鳴り合いも、決裂もない」 「ただ、誰も“手を伸ばさなくなる”」
それは、
最も残酷な崩れ方だった。
「……殿下は」
ディアナは、少しだけ迷い――尋ねる。
「気づいているのでしょうか」
「薄々は」
クロヴィスは、答える。
「だが、認められない」
認めた瞬間、
自分が何をしたのか――
直視することになるからだ。
「だから、次は」
「……?」
「もっと、露骨な手に出る」
ディアナの胸が、きゅっと締め付けられる。
「大丈夫だ」
クロヴィスは、静かに言った。
「もう、こちらは“受ける側”ではない」
ディアナは、彼を見つめた。
その背中には、
迷いも、焦りもない。
(……この人は)
(本当に、すべてを見据えている)
王宮では今、
疑心が疑心を呼び、
信頼が音もなく崩れている。
王太子エドガルドは、
まだ玉座に近い場所にいる。
だが――
誰も、その隣に立たなくなっている
ことには、気づいていなかった。
そして、それこそが。
ざまぁの、
最初の完成形だった。
王宮の空気が、明らかに変わり始めていた。
ざわめきはない。
怒号もない。
ただ――沈黙が増えた。
エドガルド・ヴァルシュタインは、執務室で書類を机に叩きつけた。
「……なぜ、誰も来ない」
机の上には、未処理の報告書が積み上がっている。
だが、それらは“届いたもの”ではない。
届かなかった報告の、代替だ。
「商会からの連絡は?」
「……途絶えています」
側近の声が、歯切れ悪くなる。
「反公爵派の貴族は?」
「数名が“病”を理由に引きこもり」 「数名は、王都を離れたとのことです」
「……逃げたのか?」
「いえ」
側近は、一瞬言葉を探し――告げた。
「シュヴァルツハルト公爵邸に、出入りしている者もおります」
その瞬間。
エドガルドの胸に、冷たいものが落ちた。
(……裏切り?)
いや、違う。
(切られた、のか)
自分が。
「……ベルナールは?」
名を出した瞬間、
空気がさらに重くなる。
「……本日、姿を見ておりません」
「何?」
「自邸にも戻っていないようで……」
エドガルドは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……探せ」
「すでに」
側近は、視線を逸らす。
「公爵側の動きが早く」 「こちらの人間が、近づけない状況です」
その言葉は、
王太子の影響力が及ばない領域が生まれた
という意味だった。
「……まさか」
エドガルドは、唇を噛む。
「“保護”か」
彼らは、逃げたのではない。
捕らえられたのでもない。
守られたのだ。
自分ではなく、
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトに。
「……利用しただけのはずだった」
反公爵派。
商会。
側近。
すべて、駒だった。
だが――
駒は、盤の外に出れば“人”に戻る。
「……っ」
エドガルドは、拳を握りしめる。
怒りよりも先に来たのは、
恐怖だった。
***
同じ頃。
シュヴァルツハルト公爵邸の一室では、
数名の貴族が、静かに席に着いていた。
顔色は青白い。
だが、怯え切ってはいない。
「……助けていただけるとは」
「いえ」
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、淡々と答えた。
「事実関係を、整理しているだけです」
机の上には、書類。
商会との取引記録。
王都からの資金の流れ。
指示が“どこから”来たか。
「我々は……」
一人の貴族が、声を震わせる。
「ただ、王太子殿下の側近から」 「“協力すれば、立場が安定する”と……」
「分かっています」
クロヴィスは、遮らずに聞く。
「あなた方は、命じられた」 「そして、断れなかった」
その一言で、
場の空気がわずかに緩んだ。
「ここでは」 「責任を、正しく切り分けます」
彼は、はっきりと言う。
「あなた方が背負うのは“判断ミス”までだ」 「“悪意”ではない」
貴族たちが、顔を上げる。
(……切り捨てられない)
(守られている)
それが、どれほど重い意味を持つか。
「王宮から、問い合わせが来るでしょう」
クロヴィスは、続けた。
「ですが、答えるのは“事実のみ”でいい」 「誰かを庇う必要はない」
それは、
王太子を守らなくていい
という宣告だった。
***
夜。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、書斎で本を閉じた。
集中できない。
(……王宮、荒れているはず)
直接の情報は、まだ来ていない。
だが、気配で分かる。
そこへ、控えめなノック。
「……入って」
クロヴィスだった。
「状況は?」
「順調だ」
短く、しかし確信のある声。
「王太子は、孤立し始めている」
ディアナは、静かに頷いた。
「……人が離れる時って」
「音がしませんのね」
「そうだ」
クロヴィスは、椅子に腰掛ける。
「怒鳴り合いも、決裂もない」 「ただ、誰も“手を伸ばさなくなる”」
それは、
最も残酷な崩れ方だった。
「……殿下は」
ディアナは、少しだけ迷い――尋ねる。
「気づいているのでしょうか」
「薄々は」
クロヴィスは、答える。
「だが、認められない」
認めた瞬間、
自分が何をしたのか――
直視することになるからだ。
「だから、次は」
「……?」
「もっと、露骨な手に出る」
ディアナの胸が、きゅっと締め付けられる。
「大丈夫だ」
クロヴィスは、静かに言った。
「もう、こちらは“受ける側”ではない」
ディアナは、彼を見つめた。
その背中には、
迷いも、焦りもない。
(……この人は)
(本当に、すべてを見据えている)
王宮では今、
疑心が疑心を呼び、
信頼が音もなく崩れている。
王太子エドガルドは、
まだ玉座に近い場所にいる。
だが――
誰も、その隣に立たなくなっている
ことには、気づいていなかった。
そして、それこそが。
ざまぁの、
最初の完成形だった。
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