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第24話 決定的な一言
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第24話 決定的な一言
王宮の夜は、いつになく重かった。
回廊を照らす灯りは十分にあるはずなのに、
どこか薄暗く感じられる。
エドガルド・ヴァルシュタインは、足早に歩いていた。
(……おかしい)
明らかに、おかしい。
数日前まで、
呼べば応じ、
命じれば動いていた者たちが――
今は、距離を取っている。
報告は遅れ、
返答は曖昧になり、
決定を仰ぐことすら、減った。
(……皆、私を見ている)
いや。
(見ていない、のか)
それが、何より耐え難かった。
「……ベルナールは、まだ見つからないのか」
執務室に入るなり、エドガルドは吐き捨てるように問う。
「……はい」
側近の声は、弱々しい。
「公爵邸に保護されている、との噂は……」
「噂で済ませるな!」
声を荒げた瞬間、
側近がびくりと肩を震わせた。
その反応に、
エドガルドははっとする。
(……恐れられている)
以前は、尊敬だった。
少なくとも、そう信じていた。
「……呼べ」
低く言う。
「“正式ではない形”でいい」 「シュヴァルツハルト公爵に、会う」
側近は、迷った。
「殿下……それは」
「今すぐだ」
強い口調。
「書簡では遅い」 「人を介せば、歪む」
――直接、話す。
それは、王太子としてではなく、
一人の人間として踏み出す選択だった。
***
同じ夜。
シュヴァルツハルト公爵邸では、
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトが、静かに報告を聞いていた。
「……王太子殿下が、非公式の面会を求めている?」
「はい」
執事は、淡々と告げる。
「今夜中に、とのことです」
クロヴィスは、目を伏せた。
(……来たか)
予想より、少し早い。
だが、想定の範囲内だ。
「通せ」
短く命じる。
「記録係も」 「“偶然居合わせた”形でいい」
それが何を意味するか、
執事は即座に理解した。
「承知しました」
***
応接室。
格式はあるが、威圧感はない。
あくまで“客人を迎える部屋”だ。
そこに現れたエドガルドは、
いつもの王太子の装いではなかった。
外套を脱ぎ、剣も帯びていない。
――丸腰。
クロヴィスは、席を立たなかった。
「……この時間に、どういったご用件で」
形式的な問い。
エドガルドは、僅かに眉をひそめる。
「……回りくどいのは、やめよう」
低い声。
「私は、状況を把握しに来た」
「それは、王太子としてか?」
「……違う」
エドガルドは、視線を逸らした。
「一個人としてだ」
その言葉に、
クロヴィスの目が僅かに細くなる。
「では、個人としての質問に答えよう」
静かな声。
「何を、知りたい」
エドガルドは、拳を握った。
「……反公爵派」 「商会」 「ベルナール」
一つ一つ、名前を挙げる。
「どこまで、把握している」
クロヴィスは、即答しなかった。
数秒の沈黙。
それだけで、
エドガルドの胸が締め付けられる。
「……やはり、全部か」
絞り出すような声。
「なら、話は早い」
顔を上げる。
「今回の件は……」 「少し、行き過ぎただけだ」
その瞬間。
応接室の空気が、凍りついた。
クロヴィスは、微動だにしない。
「……行き過ぎた?」
「そうだ」
エドガルドは、続けてしまう。
「公爵夫人に、直接危害を加えるつもりはなかった」 「あくまで、“揺さぶり”のつもりだった」
――言ってしまった。
自分で。
誰にも強要されていない。
脅されてもいない。
ただ、
焦りが、口を滑らせた。
クロヴィスは、静かに息を吸った。
「……それは」
声は、低い。
「あなたの意思だったと?」
エドガルドは、答えなかった。
だが。
沈黙こそが、答えだった。
「なるほど」
クロヴィスは、立ち上がる。
「では、確認しよう」
一歩、近づく。
「あなたは」 「公爵領に対し」 「私的な感情を理由に」 「不正な資金を流し」 「混乱を誘発させた」
一つずつ、言葉を置く。
「その結果」 「私の妻が、危険に晒された」
エドガルドの顔色が、青白くなる。
「……待て」 「私は――」
「もう、十分だ」
クロヴィスは、冷静に遮った。
「あなたは、今」 「“意図”を認めた」
その意味が、
エドガルドの脳裏に遅れて届く。
(……しまった)
だが、もう遅い。
「この場には」 「記録が残る」
クロヴィスの視線が、
室内の一角へ向けられる。
そこには、控えめに立つ記録官。
“偶然”居合わせた、第三者。
「……貴様!」
エドガルドは、一歩踏み出す。
だが、すぐに止まった。
剣はない。
立場もない。
あるのは――
言質だけだ。
「……出て行こう」
クロヴィスは、淡々と言った。
「これ以上話せば」 「あなた自身の首を、さらに絞める」
屈辱。
怒り。
恐怖。
それらを抱えたまま、
エドガルドは、背を向けた。
***
扉が閉まった後。
応接室には、静寂が戻る。
「……以上です」
記録官が、淡々と告げる。
「すべて、正確に残しました」
「ご苦労」
クロヴィスは、頷いた。
その瞬間。
勝敗は、決した。
王太子が自ら語った“意図”。
それは、どんな弁明よりも重い。
もはや、
政治の話ではない。
責任の話だ。
そしてそれは、
王太子が最も避けたかった土俵だった。
夜空に、雲が流れる。
嵐は、もう必要ない。
あとは――
崩れるのを、待つだけだった。
王宮の夜は、いつになく重かった。
回廊を照らす灯りは十分にあるはずなのに、
どこか薄暗く感じられる。
エドガルド・ヴァルシュタインは、足早に歩いていた。
(……おかしい)
明らかに、おかしい。
数日前まで、
呼べば応じ、
命じれば動いていた者たちが――
今は、距離を取っている。
報告は遅れ、
返答は曖昧になり、
決定を仰ぐことすら、減った。
(……皆、私を見ている)
いや。
(見ていない、のか)
それが、何より耐え難かった。
「……ベルナールは、まだ見つからないのか」
執務室に入るなり、エドガルドは吐き捨てるように問う。
「……はい」
側近の声は、弱々しい。
「公爵邸に保護されている、との噂は……」
「噂で済ませるな!」
声を荒げた瞬間、
側近がびくりと肩を震わせた。
その反応に、
エドガルドははっとする。
(……恐れられている)
以前は、尊敬だった。
少なくとも、そう信じていた。
「……呼べ」
低く言う。
「“正式ではない形”でいい」 「シュヴァルツハルト公爵に、会う」
側近は、迷った。
「殿下……それは」
「今すぐだ」
強い口調。
「書簡では遅い」 「人を介せば、歪む」
――直接、話す。
それは、王太子としてではなく、
一人の人間として踏み出す選択だった。
***
同じ夜。
シュヴァルツハルト公爵邸では、
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトが、静かに報告を聞いていた。
「……王太子殿下が、非公式の面会を求めている?」
「はい」
執事は、淡々と告げる。
「今夜中に、とのことです」
クロヴィスは、目を伏せた。
(……来たか)
予想より、少し早い。
だが、想定の範囲内だ。
「通せ」
短く命じる。
「記録係も」 「“偶然居合わせた”形でいい」
それが何を意味するか、
執事は即座に理解した。
「承知しました」
***
応接室。
格式はあるが、威圧感はない。
あくまで“客人を迎える部屋”だ。
そこに現れたエドガルドは、
いつもの王太子の装いではなかった。
外套を脱ぎ、剣も帯びていない。
――丸腰。
クロヴィスは、席を立たなかった。
「……この時間に、どういったご用件で」
形式的な問い。
エドガルドは、僅かに眉をひそめる。
「……回りくどいのは、やめよう」
低い声。
「私は、状況を把握しに来た」
「それは、王太子としてか?」
「……違う」
エドガルドは、視線を逸らした。
「一個人としてだ」
その言葉に、
クロヴィスの目が僅かに細くなる。
「では、個人としての質問に答えよう」
静かな声。
「何を、知りたい」
エドガルドは、拳を握った。
「……反公爵派」 「商会」 「ベルナール」
一つ一つ、名前を挙げる。
「どこまで、把握している」
クロヴィスは、即答しなかった。
数秒の沈黙。
それだけで、
エドガルドの胸が締め付けられる。
「……やはり、全部か」
絞り出すような声。
「なら、話は早い」
顔を上げる。
「今回の件は……」 「少し、行き過ぎただけだ」
その瞬間。
応接室の空気が、凍りついた。
クロヴィスは、微動だにしない。
「……行き過ぎた?」
「そうだ」
エドガルドは、続けてしまう。
「公爵夫人に、直接危害を加えるつもりはなかった」 「あくまで、“揺さぶり”のつもりだった」
――言ってしまった。
自分で。
誰にも強要されていない。
脅されてもいない。
ただ、
焦りが、口を滑らせた。
クロヴィスは、静かに息を吸った。
「……それは」
声は、低い。
「あなたの意思だったと?」
エドガルドは、答えなかった。
だが。
沈黙こそが、答えだった。
「なるほど」
クロヴィスは、立ち上がる。
「では、確認しよう」
一歩、近づく。
「あなたは」 「公爵領に対し」 「私的な感情を理由に」 「不正な資金を流し」 「混乱を誘発させた」
一つずつ、言葉を置く。
「その結果」 「私の妻が、危険に晒された」
エドガルドの顔色が、青白くなる。
「……待て」 「私は――」
「もう、十分だ」
クロヴィスは、冷静に遮った。
「あなたは、今」 「“意図”を認めた」
その意味が、
エドガルドの脳裏に遅れて届く。
(……しまった)
だが、もう遅い。
「この場には」 「記録が残る」
クロヴィスの視線が、
室内の一角へ向けられる。
そこには、控えめに立つ記録官。
“偶然”居合わせた、第三者。
「……貴様!」
エドガルドは、一歩踏み出す。
だが、すぐに止まった。
剣はない。
立場もない。
あるのは――
言質だけだ。
「……出て行こう」
クロヴィスは、淡々と言った。
「これ以上話せば」 「あなた自身の首を、さらに絞める」
屈辱。
怒り。
恐怖。
それらを抱えたまま、
エドガルドは、背を向けた。
***
扉が閉まった後。
応接室には、静寂が戻る。
「……以上です」
記録官が、淡々と告げる。
「すべて、正確に残しました」
「ご苦労」
クロヴィスは、頷いた。
その瞬間。
勝敗は、決した。
王太子が自ら語った“意図”。
それは、どんな弁明よりも重い。
もはや、
政治の話ではない。
責任の話だ。
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