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第25話 最後の足掻き
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第25話 最後の足掻き
王宮の私室で、エドガルド・ヴァルシュタインは一人、荒く息を吐いていた。
扉が閉まった瞬間から、胸の奥がざわついて仕方がない。
あの応接室。
クロヴィスの視線。
そして――自分の口から零れた言葉。
(……違う)
(私は、負けてなどいない)
何度も、そう言い聞かせる。
確かに、言質を取られた。
だが、それは“非公式の場”だ。
王太子という立場は、まだ揺らいでいない。
(……まだだ)
エドガルドは、机を拳で叩いた。
「……呼べ」
低く、命じる。
扉の外に控えていた側近が、慎重に入室する。
「殿下」
「まだ、動ける者はいるな」
側近は、言葉を選んだ。
「……完全に、ではありませんが」
「それでいい」
エドガルドは、椅子に腰掛け、背もたれに深く体を預けた。
「次は、“公の正義”を使う」
「……正義、ですか」
「そうだ」
エドガルドは、口角を歪める。
「シュヴァルツハルト公爵は、強すぎる」 「領内を完全に掌握し、王宮の介入を拒む」
それは、事実だ。
「だからこそ」 「“危険な存在”として、印象づける」
側近の顔色が変わる。
「殿下……それは」
「直接叩かない」
即座に遮る。
「疑問を、撒くだけでいい」
――疑問。
それは、真実でなくていい。
曖昧で、証明できず、
だが否定もしにくいもの。
「公爵夫人の襲撃事件」 「あれを、“自作自演の可能性”として囁け」
「……っ」
「王宮が介入しないよう、意図的に危機を演出した」 「そう思わせるだけでいい」
その言葉は、あまりにも醜悪だった。
だが、エドガルドの表情は真剣だ。
(……これしか、ない)
クロヴィスを直接攻撃すれば、反撃される。
ならば、“信用”を削る。
ディアナを巻き込むことになるが――
今さら、構っていられない。
「……殿下」
側近が、かすれた声で言う。
「それは、公爵夫人の名誉を――」
「黙れ」
鋭い一言。
「彼女は、すでに選んだ」 「私を、ではなくな」
そこに、感情が混じった。
嫉妬。
執着。
そして、歪んだ未練。
「……動け」
側近は、深く頭を下げた。
だが、その背中には、
明確な迷いがあった。
***
一方。
シュヴァルツハルト公爵邸では、
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが、朝の紅茶を飲んでいた。
静かな時間。
だが、空気は張り詰めている。
(……来ますわね)
理由は分からない。
だが、直感が告げている。
ノック。
「……失礼します」
執事が、一通の書簡を差し出した。
「王都よりです」 「内容は……少々、厄介かと」
ディアナは、静かに受け取る。
封を切り、目を通す。
『公爵領の対応に、疑問を呈する声がある
先の襲撃事件について、第三者による調査を求める意見が――』
――始まった。
(……やはり)
だが、胸は不思議と落ち着いている。
同時刻。
クロヴィスも、別の報告を受けていた。
「王都の貴族数名が」 「“事件の不自然さ”を話題にし始めています」
「……出所は?」
「王太子殿下の周辺です」
クロヴィスは、目を閉じた。
(……悪手だ)
それも、致命的な。
「対応は、もう決まっている」
静かな声。
「“感情”で返すな」 「“事実”だけを積み上げろ」
「具体的には?」
「調査を、歓迎する」
部下が、息を呑む。
「……よろしいのですか?」
「ああ」
クロヴィスは、はっきりと言った。
「第三者を入れれば」 「誰が、何をしたかが、より鮮明になる」
襲撃。
資金。
指示。
すでに、揃っている。
「王太子は」 「“疑問を撒いたつもり”だろう」
だが。
「その疑問は」 「必ず、“発生源”を問われる」
逃げ場は、ない。
***
夜。
ディアナは、書斎でクロヴィスと向かい合っていた。
「……私の名誉が、利用されます」
「分かっている」
「……それでも」
ディアナは、はっきりと目を上げる。
「私は、逃げません」
その言葉に、クロヴィスの表情が一瞬だけ揺れた。
「あなたが、矢面に立つ必要はない」
「いいえ」
ディアナは、首を振る。
「“守られるだけ”では」 「ここまで来た意味が、ありません」
クロヴィスは、沈黙した。
やがて、静かに言う。
「……なら」
一歩、踏み出す。
「一緒に、迎え撃とう」
それは、
完全な“共闘”の宣言だった。
王太子エドガルドは、
最後の足掻きとして
疑念を撒いた。
だが、その行為は――
自分がどれほど追い詰められているかを
自白するに等しい。
嵐の前の静けさは、終わった。
次に来るのは――
公の場での、完全な崩壊だ。
---
王宮の私室で、エドガルド・ヴァルシュタインは一人、荒く息を吐いていた。
扉が閉まった瞬間から、胸の奥がざわついて仕方がない。
あの応接室。
クロヴィスの視線。
そして――自分の口から零れた言葉。
(……違う)
(私は、負けてなどいない)
何度も、そう言い聞かせる。
確かに、言質を取られた。
だが、それは“非公式の場”だ。
王太子という立場は、まだ揺らいでいない。
(……まだだ)
エドガルドは、机を拳で叩いた。
「……呼べ」
低く、命じる。
扉の外に控えていた側近が、慎重に入室する。
「殿下」
「まだ、動ける者はいるな」
側近は、言葉を選んだ。
「……完全に、ではありませんが」
「それでいい」
エドガルドは、椅子に腰掛け、背もたれに深く体を預けた。
「次は、“公の正義”を使う」
「……正義、ですか」
「そうだ」
エドガルドは、口角を歪める。
「シュヴァルツハルト公爵は、強すぎる」 「領内を完全に掌握し、王宮の介入を拒む」
それは、事実だ。
「だからこそ」 「“危険な存在”として、印象づける」
側近の顔色が変わる。
「殿下……それは」
「直接叩かない」
即座に遮る。
「疑問を、撒くだけでいい」
――疑問。
それは、真実でなくていい。
曖昧で、証明できず、
だが否定もしにくいもの。
「公爵夫人の襲撃事件」 「あれを、“自作自演の可能性”として囁け」
「……っ」
「王宮が介入しないよう、意図的に危機を演出した」 「そう思わせるだけでいい」
その言葉は、あまりにも醜悪だった。
だが、エドガルドの表情は真剣だ。
(……これしか、ない)
クロヴィスを直接攻撃すれば、反撃される。
ならば、“信用”を削る。
ディアナを巻き込むことになるが――
今さら、構っていられない。
「……殿下」
側近が、かすれた声で言う。
「それは、公爵夫人の名誉を――」
「黙れ」
鋭い一言。
「彼女は、すでに選んだ」 「私を、ではなくな」
そこに、感情が混じった。
嫉妬。
執着。
そして、歪んだ未練。
「……動け」
側近は、深く頭を下げた。
だが、その背中には、
明確な迷いがあった。
***
一方。
シュヴァルツハルト公爵邸では、
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが、朝の紅茶を飲んでいた。
静かな時間。
だが、空気は張り詰めている。
(……来ますわね)
理由は分からない。
だが、直感が告げている。
ノック。
「……失礼します」
執事が、一通の書簡を差し出した。
「王都よりです」 「内容は……少々、厄介かと」
ディアナは、静かに受け取る。
封を切り、目を通す。
『公爵領の対応に、疑問を呈する声がある
先の襲撃事件について、第三者による調査を求める意見が――』
――始まった。
(……やはり)
だが、胸は不思議と落ち着いている。
同時刻。
クロヴィスも、別の報告を受けていた。
「王都の貴族数名が」 「“事件の不自然さ”を話題にし始めています」
「……出所は?」
「王太子殿下の周辺です」
クロヴィスは、目を閉じた。
(……悪手だ)
それも、致命的な。
「対応は、もう決まっている」
静かな声。
「“感情”で返すな」 「“事実”だけを積み上げろ」
「具体的には?」
「調査を、歓迎する」
部下が、息を呑む。
「……よろしいのですか?」
「ああ」
クロヴィスは、はっきりと言った。
「第三者を入れれば」 「誰が、何をしたかが、より鮮明になる」
襲撃。
資金。
指示。
すでに、揃っている。
「王太子は」 「“疑問を撒いたつもり”だろう」
だが。
「その疑問は」 「必ず、“発生源”を問われる」
逃げ場は、ない。
***
夜。
ディアナは、書斎でクロヴィスと向かい合っていた。
「……私の名誉が、利用されます」
「分かっている」
「……それでも」
ディアナは、はっきりと目を上げる。
「私は、逃げません」
その言葉に、クロヴィスの表情が一瞬だけ揺れた。
「あなたが、矢面に立つ必要はない」
「いいえ」
ディアナは、首を振る。
「“守られるだけ”では」 「ここまで来た意味が、ありません」
クロヴィスは、沈黙した。
やがて、静かに言う。
「……なら」
一歩、踏み出す。
「一緒に、迎え撃とう」
それは、
完全な“共闘”の宣言だった。
王太子エドガルドは、
最後の足掻きとして
疑念を撒いた。
だが、その行為は――
自分がどれほど追い詰められているかを
自白するに等しい。
嵐の前の静けさは、終わった。
次に来るのは――
公の場での、完全な崩壊だ。
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