25 / 41
第25話 最後の足掻き
しおりを挟む
第25話 最後の足掻き
王宮の私室で、エドガルド・ヴァルシュタインは一人、荒く息を吐いていた。
扉が閉まった瞬間から、胸の奥がざわついて仕方がない。
あの応接室。
クロヴィスの視線。
そして――自分の口から零れた言葉。
(……違う)
(私は、負けてなどいない)
何度も、そう言い聞かせる。
確かに、言質を取られた。
だが、それは“非公式の場”だ。
王太子という立場は、まだ揺らいでいない。
(……まだだ)
エドガルドは、机を拳で叩いた。
「……呼べ」
低く、命じる。
扉の外に控えていた側近が、慎重に入室する。
「殿下」
「まだ、動ける者はいるな」
側近は、言葉を選んだ。
「……完全に、ではありませんが」
「それでいい」
エドガルドは、椅子に腰掛け、背もたれに深く体を預けた。
「次は、“公の正義”を使う」
「……正義、ですか」
「そうだ」
エドガルドは、口角を歪める。
「シュヴァルツハルト公爵は、強すぎる」 「領内を完全に掌握し、王宮の介入を拒む」
それは、事実だ。
「だからこそ」 「“危険な存在”として、印象づける」
側近の顔色が変わる。
「殿下……それは」
「直接叩かない」
即座に遮る。
「疑問を、撒くだけでいい」
――疑問。
それは、真実でなくていい。
曖昧で、証明できず、
だが否定もしにくいもの。
「公爵夫人の襲撃事件」 「あれを、“自作自演の可能性”として囁け」
「……っ」
「王宮が介入しないよう、意図的に危機を演出した」 「そう思わせるだけでいい」
その言葉は、あまりにも醜悪だった。
だが、エドガルドの表情は真剣だ。
(……これしか、ない)
クロヴィスを直接攻撃すれば、反撃される。
ならば、“信用”を削る。
ディアナを巻き込むことになるが――
今さら、構っていられない。
「……殿下」
側近が、かすれた声で言う。
「それは、公爵夫人の名誉を――」
「黙れ」
鋭い一言。
「彼女は、すでに選んだ」 「私を、ではなくな」
そこに、感情が混じった。
嫉妬。
執着。
そして、歪んだ未練。
「……動け」
側近は、深く頭を下げた。
だが、その背中には、
明確な迷いがあった。
***
一方。
シュヴァルツハルト公爵邸では、
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが、朝の紅茶を飲んでいた。
静かな時間。
だが、空気は張り詰めている。
(……来ますわね)
理由は分からない。
だが、直感が告げている。
ノック。
「……失礼します」
執事が、一通の書簡を差し出した。
「王都よりです」 「内容は……少々、厄介かと」
ディアナは、静かに受け取る。
封を切り、目を通す。
『公爵領の対応に、疑問を呈する声がある
先の襲撃事件について、第三者による調査を求める意見が――』
――始まった。
(……やはり)
だが、胸は不思議と落ち着いている。
同時刻。
クロヴィスも、別の報告を受けていた。
「王都の貴族数名が」 「“事件の不自然さ”を話題にし始めています」
「……出所は?」
「王太子殿下の周辺です」
クロヴィスは、目を閉じた。
(……悪手だ)
それも、致命的な。
「対応は、もう決まっている」
静かな声。
「“感情”で返すな」 「“事実”だけを積み上げろ」
「具体的には?」
「調査を、歓迎する」
部下が、息を呑む。
「……よろしいのですか?」
「ああ」
クロヴィスは、はっきりと言った。
「第三者を入れれば」 「誰が、何をしたかが、より鮮明になる」
襲撃。
資金。
指示。
すでに、揃っている。
「王太子は」 「“疑問を撒いたつもり”だろう」
だが。
「その疑問は」 「必ず、“発生源”を問われる」
逃げ場は、ない。
***
夜。
ディアナは、書斎でクロヴィスと向かい合っていた。
「……私の名誉が、利用されます」
「分かっている」
「……それでも」
ディアナは、はっきりと目を上げる。
「私は、逃げません」
その言葉に、クロヴィスの表情が一瞬だけ揺れた。
「あなたが、矢面に立つ必要はない」
「いいえ」
ディアナは、首を振る。
「“守られるだけ”では」 「ここまで来た意味が、ありません」
クロヴィスは、沈黙した。
やがて、静かに言う。
「……なら」
一歩、踏み出す。
「一緒に、迎え撃とう」
それは、
完全な“共闘”の宣言だった。
王太子エドガルドは、
最後の足掻きとして
疑念を撒いた。
だが、その行為は――
自分がどれほど追い詰められているかを
自白するに等しい。
嵐の前の静けさは、終わった。
次に来るのは――
公の場での、完全な崩壊だ。
---
王宮の私室で、エドガルド・ヴァルシュタインは一人、荒く息を吐いていた。
扉が閉まった瞬間から、胸の奥がざわついて仕方がない。
あの応接室。
クロヴィスの視線。
そして――自分の口から零れた言葉。
(……違う)
(私は、負けてなどいない)
何度も、そう言い聞かせる。
確かに、言質を取られた。
だが、それは“非公式の場”だ。
王太子という立場は、まだ揺らいでいない。
(……まだだ)
エドガルドは、机を拳で叩いた。
「……呼べ」
低く、命じる。
扉の外に控えていた側近が、慎重に入室する。
「殿下」
「まだ、動ける者はいるな」
側近は、言葉を選んだ。
「……完全に、ではありませんが」
「それでいい」
エドガルドは、椅子に腰掛け、背もたれに深く体を預けた。
「次は、“公の正義”を使う」
「……正義、ですか」
「そうだ」
エドガルドは、口角を歪める。
「シュヴァルツハルト公爵は、強すぎる」 「領内を完全に掌握し、王宮の介入を拒む」
それは、事実だ。
「だからこそ」 「“危険な存在”として、印象づける」
側近の顔色が変わる。
「殿下……それは」
「直接叩かない」
即座に遮る。
「疑問を、撒くだけでいい」
――疑問。
それは、真実でなくていい。
曖昧で、証明できず、
だが否定もしにくいもの。
「公爵夫人の襲撃事件」 「あれを、“自作自演の可能性”として囁け」
「……っ」
「王宮が介入しないよう、意図的に危機を演出した」 「そう思わせるだけでいい」
その言葉は、あまりにも醜悪だった。
だが、エドガルドの表情は真剣だ。
(……これしか、ない)
クロヴィスを直接攻撃すれば、反撃される。
ならば、“信用”を削る。
ディアナを巻き込むことになるが――
今さら、構っていられない。
「……殿下」
側近が、かすれた声で言う。
「それは、公爵夫人の名誉を――」
「黙れ」
鋭い一言。
「彼女は、すでに選んだ」 「私を、ではなくな」
そこに、感情が混じった。
嫉妬。
執着。
そして、歪んだ未練。
「……動け」
側近は、深く頭を下げた。
だが、その背中には、
明確な迷いがあった。
***
一方。
シュヴァルツハルト公爵邸では、
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが、朝の紅茶を飲んでいた。
静かな時間。
だが、空気は張り詰めている。
(……来ますわね)
理由は分からない。
だが、直感が告げている。
ノック。
「……失礼します」
執事が、一通の書簡を差し出した。
「王都よりです」 「内容は……少々、厄介かと」
ディアナは、静かに受け取る。
封を切り、目を通す。
『公爵領の対応に、疑問を呈する声がある
先の襲撃事件について、第三者による調査を求める意見が――』
――始まった。
(……やはり)
だが、胸は不思議と落ち着いている。
同時刻。
クロヴィスも、別の報告を受けていた。
「王都の貴族数名が」 「“事件の不自然さ”を話題にし始めています」
「……出所は?」
「王太子殿下の周辺です」
クロヴィスは、目を閉じた。
(……悪手だ)
それも、致命的な。
「対応は、もう決まっている」
静かな声。
「“感情”で返すな」 「“事実”だけを積み上げろ」
「具体的には?」
「調査を、歓迎する」
部下が、息を呑む。
「……よろしいのですか?」
「ああ」
クロヴィスは、はっきりと言った。
「第三者を入れれば」 「誰が、何をしたかが、より鮮明になる」
襲撃。
資金。
指示。
すでに、揃っている。
「王太子は」 「“疑問を撒いたつもり”だろう」
だが。
「その疑問は」 「必ず、“発生源”を問われる」
逃げ場は、ない。
***
夜。
ディアナは、書斎でクロヴィスと向かい合っていた。
「……私の名誉が、利用されます」
「分かっている」
「……それでも」
ディアナは、はっきりと目を上げる。
「私は、逃げません」
その言葉に、クロヴィスの表情が一瞬だけ揺れた。
「あなたが、矢面に立つ必要はない」
「いいえ」
ディアナは、首を振る。
「“守られるだけ”では」 「ここまで来た意味が、ありません」
クロヴィスは、沈黙した。
やがて、静かに言う。
「……なら」
一歩、踏み出す。
「一緒に、迎え撃とう」
それは、
完全な“共闘”の宣言だった。
王太子エドガルドは、
最後の足掻きとして
疑念を撒いた。
だが、その行為は――
自分がどれほど追い詰められているかを
自白するに等しい。
嵐の前の静けさは、終わった。
次に来るのは――
公の場での、完全な崩壊だ。
---
0
あなたにおすすめの小説
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
妹のために愛の無い結婚をすることになりました
バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」
愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。
婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。
私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。
落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。
思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします
鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。
だが彼女は泣かなかった。
なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。
教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。
それは逃避ではない。
男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。
やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。
王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。
一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。
これは、愛を巡る物語ではない。
「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。
白は弱さではない。
白は、均衡を保つ力。
白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。
謹んで、婚約破棄をお受けいたします。
パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
婚約破棄された令嬢は“図書館勤務”を満喫中
かしおり
恋愛
「君は退屈だ」と婚約を破棄された令嬢クラリス。社交界にも、実家にも居場所を失った彼女がたどり着いたのは、静かな田舎町アシュベリーの図書館でした。
本の声が聞こえるような不思議な感覚と、真面目で控えめな彼女の魅力は、少しずつ周囲の人々の心を癒していきます。
そんな中、図書館に通う謎めいた青年・リュカとの出会いが、クラリスの世界を大きく変えていく――
身分も立場も異なるふたりの静かで知的な恋は、やがて王都をも巻き込む運命へ。
癒しと知性が紡ぐ、身分差ロマンス。図書館の窓辺から始まる、幸せな未来の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる