白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました

ふわふわ

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第26話 逃げ道の消失

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第26話 逃げ道の消失

 第三者調査の開始は、王都に静かな衝撃を与えた。

 王宮直属でも、
 シュヴァルツハルト公爵の私的なものでもない。

 選ばれたのは、
 王国法務院と商業監査局、
 そして貴族評議会から独立した三名の監察官。

 ――どこにも、逃げ道がない布陣だった。

「……調査を、受け入れた?」

 王宮の執務室で、エドガルド・ヴァルシュタインは信じられないものを見るように側近を睨んだ。

「はい」 「公爵側は、“全面的に協力する”と」

「拒否すると思っていた……!」

 机を叩きかけ、寸前で止める。

(……違う)

(拒否しない、ということは)

 出せるものを、すべて出すつもりだ
 という意味だ。

 それはつまり――
 隠す必要がないという宣言に等しい。

「……馬鹿な」

 エドガルドは、椅子に沈み込む。

 自分が撒いた“疑問”は、
 相手が拒絶すれば、初めて効力を持つ。

 だが、クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは違った。

 疑問を――
 正面から踏み潰しに来た。

「殿下……」

 側近の声は、弱い。

「調査範囲ですが」 「襲撃事件そのものに加え」 「資金の流れ、指示系統」 「王都側の関与も含まれるとのことです」

「……王都側、だと?」

「はい」 「“疑念の発生源”も調査対象にすると」

 エドガルドの喉が、ひくりと鳴る。

(……発生源)

 それは、
 誰が“疑問を広めたか”。

 つまり――
 自分自身だ。

「……止められないのか」

 絞り出すような声。

「……無理です」

 側近は、正直に答えた。

「すでに貴族評議会が動いています」 「ここで王宮が口を出せば」 「“圧力”と見なされます」

 エドガルドは、理解した。

 これはもう、
 王太子としての権限では止められない段階に入っている。

 ***

 一方、シュヴァルツハルト公爵邸。

 調査官たちは、淡々と仕事を進めていた。

「……これが、襲撃当日の記録ですね」

「はい」

 クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、すべてを開示した。

 護衛の配置。
 報告の時刻。
 襲撃者の供述。

「不自然な点は?」

「ありません」

 即答。

「“狙われた理由”についても」 「当時、複数の反公爵派が動いていたことが確認されています」

 調査官は、書き込みながら頷く。

「……資金については」

 次に提示されたのは、
 商会の帳簿。

 王都から流れた金。
 分割された取引。
 名義。

「……これは」

 調査官の表情が、わずかに変わる。

「王宮関係者の資金が」 「数段階を経て、流れていますね」

「ええ」

 クロヴィスは、淡々と答える。

「私的な名義ですが」 「実態は、王宮内の人間が動かしたものです」

「証言は?」

「保護した者たちが」 「すでに、全員協力しています」

 そこに、嘘はなかった。

 彼らは、
 守られている。

 切り捨てられる心配がないからこそ、
 真実だけを語る。

「……公爵」

 調査官の一人が、言葉を選びながら言った。

「この調査が進めば」 「関与した人物は……」

「分かっています」

 クロヴィスは、頷いた。

「だから、受け入れた」

 責任の所在を、
 曖昧にしないために。

 ***

 王都では、噂が噂を呼んでいた。

「第三者調査、って本気らしいぞ」 「公爵が、全部出したって」

「……じゃあ」 「疑ってた側は……」

 言葉は、最後まで続かない。

 誰もが、
 結末を予感していた。

 ***

 ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、
 王都から戻った報告を聞きながら、静かに目を閉じた。

「……王太子殿下の名前は」

「まだ、正式には出ていません」

 侍女が答える。

「ですが」 「“王宮側の強い関与が疑われる”と」

 それだけで、十分だった。

(……もう、時間の問題)

 恐怖はない。
 怒りも、薄れている。

 あるのは――
 終わりが見えている感覚だけだ。

 そこへ、クロヴィスが現れる。

「……覚悟は、できているか」

「ええ」

 ディアナは、頷いた。

「もう、逃げる理由はありません」

 クロヴィスは、彼女を見つめる。

「次は」 「公の場で、名前が出る」

「分かっています」

「……それでも」

 一瞬、言葉を探し。

「俺は、あなたを守る」

 ディアナは、微笑んだ。

「今度は、隣で」

 それは、
 白い結婚の枠を、完全に越えた言葉だった。

 ***

 王宮。

 エドガルド・ヴァルシュタインは、
 調査開始の正式通知を前に、立ち尽くしていた。

 逃げ道は、ない。

 疑問を撒いた者が、
 疑われる側になる。

 自分で掘った穴の底で、
 ようやく気づく。

(……私は)

(最初から、選ばれていなかったのか)

 だが、その後悔は、
 誰にも届かない。

 第三者調査は、
 粛々と進む。

 次に訪れるのは――
 名前が、正式に読み上げられる瞬間だ。


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