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第27話 誰も立たない場所
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第27話 誰も立たない場所
王都の夜は、久しぶりに冷え込んでいた。
王宮の回廊を吹き抜ける風が、燭台の炎を揺らす。
だが、その光は、どこか心許ない。
エドガルド・ヴァルシュタインは、一人で歩いていた。
――誰も、隣にいない。
それは、偶然ではない。
かつてなら、この時間帯には必ず誰かがいた。
側近、補佐官、あるいは気を利かせた貴族。
「殿下、今後の対応ですが」
「殿下、こちらの書簡を」
そんな声が、自然と集まっていた。
だが、今は違う。
足音だけが、やけに大きく響く。
(……皆、知っているのだな)
第三者調査。
王太子の名が出るかもしれない、という噂。
いや、噂ではない。
時間の問題だということを。
だから、誰も近づかない。
巻き込まれないために。
切られないために。
エドガルドは、拳を握りしめた。
(……裏切り者ばかりだ)
そう思いたかった。
だが、胸の奥で、
別の声が静かに囁く。
(違う)
(彼らは、最初から味方ではなかった)
味方だと信じていたのは、
自分だけだった。
***
私室に戻ると、
机の上に書簡が一通、置かれていた。
封蝋は、すでに割られている。
「……評議会から、か」
中身は簡潔だった。
『第三者調査団より
近日中に、関係者への追加聴取を行う
王太子殿下におかれても
協力をお願いしたい』
丁寧な言葉。
だが、その実――
(……呼び出しだ)
“説明する側”として。
かつては、
説明を受ける側だったのに。
エドガルドは、書簡を机に置き、椅子に深く腰を下ろした。
(……なぜ、こうなった)
始まりは、些細な苛立ちだった。
ディアナが、離れた。
自分の意のままにならなくなった。
それだけだ。
(取り戻したかっただけだ)
(正しい位置に、戻したかっただけだ)
だが、その「正しさ」が、
誰のものだったのか。
「……くそ」
低く吐き捨てる。
そのとき、扉が控えめにノックされた。
一瞬、胸が跳ねる。
(……誰だ)
「……入れ」
入ってきたのは、
かつて最も信頼していた補佐官の一人だった。
だが、その顔は硬い。
「殿下」 「お時間を、少々」
「……何だ」
補佐官は、視線を逸らしながら言った。
「先に……お伝えしておくべきことがあります」
嫌な予感が、胸をよぎる。
「申せ」
「……評議会の一部から」 「殿下が、調査結果次第では」 「“職務停止”の対象になり得る、との意見が出ています」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……は?」
「正式決定ではありません」 「ですが――」
補佐官は、深く息を吸う。
「備えておくべきだと」
職務停止。
それは、
王太子としての権限を一時的に剥奪されることを意味する。
事実上の――
失脚宣告だ。
「……誰が言い出した」
掠れた声。
「……多くが」
それが、すべてだった。
エドガルドは、笑おうとした。
だが、うまくいかない。
「……もう、いい」
そう言って、手を振る。
補佐官は、一礼し、静かに去っていった。
扉が閉まる。
完全な静寂。
***
その頃。
シュヴァルツハルト公爵邸では、
夜遅くまで灯りがともっていた。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、
最終確認の書類に目を通している。
「……ここで、名が出る」
淡々とした声。
「はい」
部下が答える。
「中間報告ですが」 「事実上、逃げ道はありません」
「だろうな」
感情はない。
あるのは、
結果を受け入れる覚悟だけだ。
そこへ、ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが入ってくる。
「……まだ、起きていらしたのですね」
「少しな」
クロヴィスは、書類を閉じる。
「明日で」 「すべてが、一段階進む」
ディアナは、頷いた。
「……怖くはありませんか」
ふと、尋ねる。
クロヴィスは、正直に答えた。
「ある」
意外な答えだった。
「だが、それ以上に」 「あなたが、ここに立つ覚悟を決めたことが――」
一瞬、言葉を探し。
「……誇らしい」
ディアナは、少し驚いたように目を瞬かせ、
それから微笑んだ。
「ありがとうございます」
「無理はするな」
「しません」
彼女は、はっきりと言う。
「私は、“語る”だけですから」
それで、十分だ。
***
王宮の私室。
エドガルドは、窓辺に立っていた。
夜空には、星が浮かんでいる。
(……誰も、いない)
呼べば来た者たち。
命じれば動いた者たち。
すべて、過去だ。
(私は……)
(何を、守りたかったのだ)
答えは、出ない。
ただ一つ、確かなことがある。
明日。
公の場で。
自分の名が、どう呼ばれるのかを。
もはや、
自分で選ぶことはできない。
誰も立たない場所に、
王太子は、独り立っていた。
それが、
断罪前夜だった。
王都の夜は、久しぶりに冷え込んでいた。
王宮の回廊を吹き抜ける風が、燭台の炎を揺らす。
だが、その光は、どこか心許ない。
エドガルド・ヴァルシュタインは、一人で歩いていた。
――誰も、隣にいない。
それは、偶然ではない。
かつてなら、この時間帯には必ず誰かがいた。
側近、補佐官、あるいは気を利かせた貴族。
「殿下、今後の対応ですが」
「殿下、こちらの書簡を」
そんな声が、自然と集まっていた。
だが、今は違う。
足音だけが、やけに大きく響く。
(……皆、知っているのだな)
第三者調査。
王太子の名が出るかもしれない、という噂。
いや、噂ではない。
時間の問題だということを。
だから、誰も近づかない。
巻き込まれないために。
切られないために。
エドガルドは、拳を握りしめた。
(……裏切り者ばかりだ)
そう思いたかった。
だが、胸の奥で、
別の声が静かに囁く。
(違う)
(彼らは、最初から味方ではなかった)
味方だと信じていたのは、
自分だけだった。
***
私室に戻ると、
机の上に書簡が一通、置かれていた。
封蝋は、すでに割られている。
「……評議会から、か」
中身は簡潔だった。
『第三者調査団より
近日中に、関係者への追加聴取を行う
王太子殿下におかれても
協力をお願いしたい』
丁寧な言葉。
だが、その実――
(……呼び出しだ)
“説明する側”として。
かつては、
説明を受ける側だったのに。
エドガルドは、書簡を机に置き、椅子に深く腰を下ろした。
(……なぜ、こうなった)
始まりは、些細な苛立ちだった。
ディアナが、離れた。
自分の意のままにならなくなった。
それだけだ。
(取り戻したかっただけだ)
(正しい位置に、戻したかっただけだ)
だが、その「正しさ」が、
誰のものだったのか。
「……くそ」
低く吐き捨てる。
そのとき、扉が控えめにノックされた。
一瞬、胸が跳ねる。
(……誰だ)
「……入れ」
入ってきたのは、
かつて最も信頼していた補佐官の一人だった。
だが、その顔は硬い。
「殿下」 「お時間を、少々」
「……何だ」
補佐官は、視線を逸らしながら言った。
「先に……お伝えしておくべきことがあります」
嫌な予感が、胸をよぎる。
「申せ」
「……評議会の一部から」 「殿下が、調査結果次第では」 「“職務停止”の対象になり得る、との意見が出ています」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「……は?」
「正式決定ではありません」 「ですが――」
補佐官は、深く息を吸う。
「備えておくべきだと」
職務停止。
それは、
王太子としての権限を一時的に剥奪されることを意味する。
事実上の――
失脚宣告だ。
「……誰が言い出した」
掠れた声。
「……多くが」
それが、すべてだった。
エドガルドは、笑おうとした。
だが、うまくいかない。
「……もう、いい」
そう言って、手を振る。
補佐官は、一礼し、静かに去っていった。
扉が閉まる。
完全な静寂。
***
その頃。
シュヴァルツハルト公爵邸では、
夜遅くまで灯りがともっていた。
クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトは、
最終確認の書類に目を通している。
「……ここで、名が出る」
淡々とした声。
「はい」
部下が答える。
「中間報告ですが」 「事実上、逃げ道はありません」
「だろうな」
感情はない。
あるのは、
結果を受け入れる覚悟だけだ。
そこへ、ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが入ってくる。
「……まだ、起きていらしたのですね」
「少しな」
クロヴィスは、書類を閉じる。
「明日で」 「すべてが、一段階進む」
ディアナは、頷いた。
「……怖くはありませんか」
ふと、尋ねる。
クロヴィスは、正直に答えた。
「ある」
意外な答えだった。
「だが、それ以上に」 「あなたが、ここに立つ覚悟を決めたことが――」
一瞬、言葉を探し。
「……誇らしい」
ディアナは、少し驚いたように目を瞬かせ、
それから微笑んだ。
「ありがとうございます」
「無理はするな」
「しません」
彼女は、はっきりと言う。
「私は、“語る”だけですから」
それで、十分だ。
***
王宮の私室。
エドガルドは、窓辺に立っていた。
夜空には、星が浮かんでいる。
(……誰も、いない)
呼べば来た者たち。
命じれば動いた者たち。
すべて、過去だ。
(私は……)
(何を、守りたかったのだ)
答えは、出ない。
ただ一つ、確かなことがある。
明日。
公の場で。
自分の名が、どう呼ばれるのかを。
もはや、
自分で選ぶことはできない。
誰も立たない場所に、
王太子は、独り立っていた。
それが、
断罪前夜だった。
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