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第28話 私の言葉で
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第28話 私の言葉で
証言台は、思っていたよりも高かった。
王都中央評議庁。
第三者調査の中間報告に伴い、関係者からの意見聴取が行われるその場で、
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、静かに前へ進んだ。
視線が集まる。
貴族。
官僚。
法務院の調査官。
そして――
王宮側の席。
(……逃げない)
深く息を吸い、足を止める。
恐怖は、確かにある。
だが、それ以上に。
(私は、もう“語られない側”ではない)
これまでの人生で、
彼女は常に「評価される側」だった。
王宮にいた頃は、
有能だと評され、
便利だと使われ、
そして――
都合よく“理解した存在”として扱われた。
だが、今日ここでは違う。
理解されるのではなく、
自分で、説明する。
「……公爵夫人、準備はよろしいですか」
調査官の問いに、ディアナは頷いた。
「はい」
短く、しかしはっきりと。
背後には、クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトがいる。
だが、今は振り返らない。
彼がいるから、ではない。
自分が立つと決めたからだ。
「では、お尋ねします」
調査官の声は、淡々としている。
「先の襲撃事件について」 「当事者として、どのように受け止めていますか」
一瞬、沈黙。
ディアナは、言葉を選ぶ。
「……恐怖は、ありました」
正直に。
「命の危険を感じましたし」 「あの場で、冷静でいられたとは言えません」
ざわめきが、わずかに広がる。
だが、彼女は続けた。
「ですが」
声は、揺れない。
「それ以上に、はっきりと覚えていることがあります」
「それは?」
「――“狙われた理由”です」
調査官のペンが、止まる。
「私は、政治的に重要な存在ではありません」 「少なくとも、自分ではそう思っていました」
視線が、王宮側へ向く。
「ですが」 「私が狙われたのは」 「“私自身”ではなく」
一拍、置いて。
「私の意思でした」
その言葉に、
空気が、変わった。
「私は、王宮の庇護下を離れ」 「シュヴァルツハルト公爵領で生きることを選びました」
白い結婚。
距離を保つ関係。
それは、逃げではなかった。
「その選択が」 「一部の方々にとって、不都合だった」 「だから、揺さぶられたのだと――」
ディアナは、はっきりと言った。
「私は、そう理解しています」
調査官が、静かに頷く。
「王宮からの“保護”については」
次の質問。
これを待っていた。
「断りました」
即答だった。
「なぜですか」
「“安全”と引き換えに」 「意思を取り戻される気は、なかったからです」
その一言は、
剣よりも鋭かった。
王宮側の席が、わずかにざわつく。
「……公爵からの指示は?」
「ありません」
きっぱりと。
「これは、私自身の判断です」
クロヴィスが、何も言わない理由を、
彼女は知っている。
彼は、選ばせてくれた。
「最後に」
調査官が、少しだけ声を和らげる。
「今、あなたは」 「ご自身の置かれた状況を、どう考えていますか」
ディアナは、ゆっくりと顔を上げた。
王都の高い天井。
重厚な壁。
かつて、自分を縛っていた場所。
「……私は」
少しだけ、微笑む。
「選ばれなかった人間です」
ざわり、と空気が揺れる。
「ですが」 「それを、恥だとは思っていません」
むしろ。
「選ばれなかったからこそ」 「自分で、選べました」
誰と生きるか。
どこに立つか。
何を守るか。
「私は、ここにいます」 「誰かの代弁ではなく」 「誰かの付属物でもなく」
はっきりと。
「私自身として」
沈黙。
それは、否定ではない。
受け止めるための沈黙だった。
「……以上です」
ディアナは、静かに一礼した。
証言台を降りる足取りは、
来た時よりも、軽い。
席に戻ると、
クロヴィスが、そっと視線を向けてきた。
言葉はない。
だが、十分だった。
(……できました)
(私の言葉で、立てました)
その瞬間。
ディアナは気づく。
断罪は、まだ先だ。
だが――
物語の主導権は、完全にこちらに移った。
王太子エドガルドの名が、
公に読み上げられる日は近い。
だがそれ以上に。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、
もう誰にも、
「代わりに語られる存在」ではなかった。
---
証言台は、思っていたよりも高かった。
王都中央評議庁。
第三者調査の中間報告に伴い、関係者からの意見聴取が行われるその場で、
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、静かに前へ進んだ。
視線が集まる。
貴族。
官僚。
法務院の調査官。
そして――
王宮側の席。
(……逃げない)
深く息を吸い、足を止める。
恐怖は、確かにある。
だが、それ以上に。
(私は、もう“語られない側”ではない)
これまでの人生で、
彼女は常に「評価される側」だった。
王宮にいた頃は、
有能だと評され、
便利だと使われ、
そして――
都合よく“理解した存在”として扱われた。
だが、今日ここでは違う。
理解されるのではなく、
自分で、説明する。
「……公爵夫人、準備はよろしいですか」
調査官の問いに、ディアナは頷いた。
「はい」
短く、しかしはっきりと。
背後には、クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルトがいる。
だが、今は振り返らない。
彼がいるから、ではない。
自分が立つと決めたからだ。
「では、お尋ねします」
調査官の声は、淡々としている。
「先の襲撃事件について」 「当事者として、どのように受け止めていますか」
一瞬、沈黙。
ディアナは、言葉を選ぶ。
「……恐怖は、ありました」
正直に。
「命の危険を感じましたし」 「あの場で、冷静でいられたとは言えません」
ざわめきが、わずかに広がる。
だが、彼女は続けた。
「ですが」
声は、揺れない。
「それ以上に、はっきりと覚えていることがあります」
「それは?」
「――“狙われた理由”です」
調査官のペンが、止まる。
「私は、政治的に重要な存在ではありません」 「少なくとも、自分ではそう思っていました」
視線が、王宮側へ向く。
「ですが」 「私が狙われたのは」 「“私自身”ではなく」
一拍、置いて。
「私の意思でした」
その言葉に、
空気が、変わった。
「私は、王宮の庇護下を離れ」 「シュヴァルツハルト公爵領で生きることを選びました」
白い結婚。
距離を保つ関係。
それは、逃げではなかった。
「その選択が」 「一部の方々にとって、不都合だった」 「だから、揺さぶられたのだと――」
ディアナは、はっきりと言った。
「私は、そう理解しています」
調査官が、静かに頷く。
「王宮からの“保護”については」
次の質問。
これを待っていた。
「断りました」
即答だった。
「なぜですか」
「“安全”と引き換えに」 「意思を取り戻される気は、なかったからです」
その一言は、
剣よりも鋭かった。
王宮側の席が、わずかにざわつく。
「……公爵からの指示は?」
「ありません」
きっぱりと。
「これは、私自身の判断です」
クロヴィスが、何も言わない理由を、
彼女は知っている。
彼は、選ばせてくれた。
「最後に」
調査官が、少しだけ声を和らげる。
「今、あなたは」 「ご自身の置かれた状況を、どう考えていますか」
ディアナは、ゆっくりと顔を上げた。
王都の高い天井。
重厚な壁。
かつて、自分を縛っていた場所。
「……私は」
少しだけ、微笑む。
「選ばれなかった人間です」
ざわり、と空気が揺れる。
「ですが」 「それを、恥だとは思っていません」
むしろ。
「選ばれなかったからこそ」 「自分で、選べました」
誰と生きるか。
どこに立つか。
何を守るか。
「私は、ここにいます」 「誰かの代弁ではなく」 「誰かの付属物でもなく」
はっきりと。
「私自身として」
沈黙。
それは、否定ではない。
受け止めるための沈黙だった。
「……以上です」
ディアナは、静かに一礼した。
証言台を降りる足取りは、
来た時よりも、軽い。
席に戻ると、
クロヴィスが、そっと視線を向けてきた。
言葉はない。
だが、十分だった。
(……できました)
(私の言葉で、立てました)
その瞬間。
ディアナは気づく。
断罪は、まだ先だ。
だが――
物語の主導権は、完全にこちらに移った。
王太子エドガルドの名が、
公に読み上げられる日は近い。
だがそれ以上に。
ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、
もう誰にも、
「代わりに語られる存在」ではなかった。
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