白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました

ふわふわ

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第29話 名が呼ばれる日

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第29話 名が呼ばれる日
 王都中央評議庁の大広間は、重苦しい静寂に包まれていた。

 豪奢な装飾も、磨き上げられた床も、
 今日ばかりはただの背景に過ぎない。

 集められたのは、
 貴族評議会の代表、
 法務院、
 商業監査局、
 そして――王宮関係者。

 誰もが理解していた。

 今日の中間報告は、
 もはや「途中経過」ではない。

 結論に至るための、最後の関門だと。

「――これより、第三者調査団による中間報告を行います」

 淡々とした声が、広間に響いた。

 発言者は、法務院から派遣された監察官。
 感情のない声。
 演出もない。

 それが、逆に重い。

「本調査は、先般発生したシュヴァルツハルト公爵領における襲撃未遂事件」 「ならびに、それに付随する資金流動・指示系統について」 「王宮・公爵家・商会のいずれからも独立した立場で行われました」

 書類をめくる音が、
 やけに大きく聞こえる。

「まず、襲撃事件そのものについて」

 監察官は、間を置かずに続けた。

「公爵領側の警備体制、初動対応、事後処理は」 「すべて適切であり」 「自作自演、過剰演出、あるいは誘導の可能性は」 「一切認められません」

 明確な断定。

 それだけで、
 王太子側が最後に縋ろうとした
 “疑念”という名の逃げ道は、完全に消えた。

 広間のあちこちで、
 小さく息を呑む音がする。

 ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、
 席に座ったまま、静かに目を閉じた。

(……これで、揺さぶりは終わり)

 次に来るのは、
 “誰が、何をしたか”だ。

「次に、資金の流れについて報告します」

 監察官は、淡々と続ける。

「王都を拠点とする複数の商会を経由し」 「反公爵派とされる一部貴族へ、資金が供給されていた事実を確認しました」

 ざわり、と空気が揺れる。

「これらの資金は」 「私的名義を装い、段階的に移動されていましたが」 「最終的な出所を辿った結果――」

 一瞬の沈黙。

 それだけで、
 結末を悟る者は多かった。

「王宮関係者の管理下にあった資金と一致しました」

 否定の余地はない。

 数字。
 帳簿。
 証言。

 すべてが、同じ方向を指している。

「さらに」 「これらの資金が用いられた目的について」 「複数の証言が一致しております」

 監察官は、視線を上げる。

「目的は」 「シュヴァルツハルト公爵領内の混乱誘発」 「および――」

 一拍置いて。

「公爵夫人ディアナ・フォン・ヴァイスリーベへの圧力」

 その名が、
 はっきりと公の場で読み上げられた。

 ディアナは、背筋を伸ばす。

 恐怖はない。
 恥もない。

 ここまで来たのだ。
 自分の名前が、事実の一部として扱われることを、
 彼女は受け入れている。

「そして」

 監察官は、最後の頁をめくった。

「これら一連の行為について」 「指示、または明確な黙認を行った人物が」 「証言および記録により特定されています」

 広間の空気が、
 ぴん、と張り詰める。

 誰もが、次に来る言葉を知っている。

「その人物は――」

 監察官は、はっきりと告げた。

「王太子エドガルド・ヴァルシュタイン殿下です」

 静寂。

 怒号も、悲鳴もない。

 ただ、
 事実が、そこに置かれただけだった。

 王太子席に座るエドガルドは、
 微動だにしない。

 いや、
 動けなかった。

 周囲の視線が、
 痛いほど突き刺さる。

 だが――
 誰も、庇わない。

 誰も、声をかけない。

(……そうか)

 エドガルドの胸に、
 遅れて理解が落ちる。

(これが、“名が呼ばれる”ということか)

 それは、
 栄光の名ではない。

 責任を引き受けるための名だ。

「なお、本報告は中間報告であり」 「最終的な処分については」 「王国法および貴族評議会の決定を待つものとします」

 監察官の声は、変わらない。

 感情を挟まないからこそ、
 この宣告は重かった。

「以上をもって」 「本日の報告を終了します」

 木槌が、静かに鳴らされた。

 ***

 評議庁を出た後。

 抑えきれなかったざわめきが、
 廊下に溢れ出す。

「……ついに出たな」 「中間報告で、王太子の名が」

「もう、覆らないだろう」

 噂は、噂ではなくなった。

 事実として、歩き始める。

 その中を、
 ディアナは静かに歩いていた。

 隣には、クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルト。

「……終わった、わけではありませんわね」

 彼女が、静かに言う。

「ああ」

 クロヴィスは頷く。

「だが、流れは決まった」

 ディアナは、空を見上げた。

 重く垂れ込めていた雲が、
 わずかに切れ、光が差し込んでいる。

「……ようやく」 「名前に、意味が戻りました」

 クロヴィスは、何も言わない。

 ただ、
 彼女の歩調に合わせて歩く。

 それが、答えだった。

 ***

 王宮の一室。

 エドガルド・ヴァルシュタインは、
 一人、椅子に座っていた。

 呼び鈴は、鳴らない。
 扉も、開かない。

 王太子という肩書は、
 まだ形式上は残っている。

 だが――
 誰も、それを見ていない。

(……名を呼ばれるとは)

(こういう意味だったのか)

 公に出た名は、
 もう守ってくれない。

 それは、
 裁かれるための名だ。

 次に来るのは――
 処分。

 そして、その先にあるのは。

 誰も、立たない場所。

 王太子エドガルドの物語は、
 静かに、
 だが確実に、終わりへ向かっていた。


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