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第30話 裁かれる立場
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第30話 裁かれる立場
王都中央評議庁に、再び鐘の音が響いた。
重く、低く、逃げ場のない音。
それは祝福でも、警告でもない。
ただ――決定を告げる音だった。
貴族評議会、法務院、王宮代表。
全員が揃う臨時評議会。
名目は「第三者調査最終報告および処分決定」。
すでに、結論は共有されている。
だが、形式を経なければならない。
それが、王国という仕組みだった。
エドガルド・ヴァルシュタインは、王太子席ではなく、
被審問者席に座っていた。
その位置が、すべてを物語っている。
(……ここに座る日が来るとはな)
背筋を伸ばそうとしたが、
体は思うように動かない。
視線を上げると、
そこには誰もいない。
父王の姿は、ない。
母后も、いない。
――王宮は、距離を取った。
それが、最大の答えだった。
「……これより、最終報告を行います」
法務院長が、静かに口を開く。
「第三者調査団による調査は」 「すべて完了しました」
書類が、机の上に置かれる。
「調査結果は、中間報告と同様」 「襲撃未遂事件が」 「公爵領側の自作自演ではないこと」 「および、王都側からの不正な干渉があったことを」 「明確に示しています」
淡々と、事実が積み上げられていく。
「特に」 「王都を経由した資金の流れ」 「それに伴う指示、黙認」 「圧力行為について」
法務院長は、視線を被審問者席へ向けた。
「王太子エドガルド・ヴァルシュタイン殿下が」 「主体的、あるいは黙認的に関与していたと」 「認定せざるを得ません」
エドガルドは、目を閉じた。
(……認定、か)
感情ではない。
判断ですらない。
制度が下す、確定だ。
「これを受け」 「評議会および王国法に基づき」 「以下の処分を決定します」
場が、完全に静まる。
ここから先は、
取り消しが効かない。
「第一に」 「王太子エドガルド・ヴァルシュタインの」 「王太子位を、剥奪する」
その一言で、
すべてが終わった。
地位。
未来。
王冠に手が届く可能性。
すべてが、過去形になる。
だが、法務院長は止まらない。
「第二に」 「王宮および王政への関与を停止し」 「以後、政治的発言権を認めない」
事実上の、
追放に近い処分だ。
「第三に」 「一連の不正資金について」 「全額返還を命じ」 「関連商会および関係者の処分を行う」
エドガルドは、何も言わない。
言える言葉が、なかった。
「以上をもって」 「本件に関する処分を、確定とします」
木槌が、三度鳴らされた。
それは、
裁きの終わりを告げる音だった。
***
評議会が終わり、
人々が静かに立ち去っていく。
誰も、エドガルドに声をかけない。
慰めも、非難もない。
無関心。
それが、最も残酷だった。
エドガルドは、ゆっくりと立ち上がる。
足元が、少しふらつく。
(……これで、終わりか)
出口へ向かう途中、
ふと、視線を感じた。
振り向くと、
少し離れた場所に、ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが立っている。
隣には、クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルト。
――並んで。
言葉は、交わされない。
だが、エドガルドは理解した。
(……彼女は)
(もう、振り向かない)
それは、憎しみではない。
勝利の誇示でもない。
完全な決別だった。
視線を逸らし、
エドガルドは歩き出す。
その背中を、
誰も呼び止めない。
***
外に出ると、
空は驚くほど澄んでいた。
王都の喧騒が、
遠くに聞こえる。
世界は、何事もなかったかのように続いている。
(……私は)
(何を、間違えた)
答えは、もう出ない。
いや。
本当は、
最初から分かっていたのかもしれない。
誰かを「正しい位置に戻そう」とした時点で、
その人の意思を見ていなかった。
それが、すべてだった。
エドガルド・ヴァルシュタインは、
王太子ではなくなった。
それだけの話だ。
***
一方。
評議庁の別の回廊。
ディアナは、静かに息を吐いた。
「……終わりましたわね」
「ああ」
クロヴィスは、短く答える。
「ここからは」 「前を向くだけだ」
ディアナは、微笑んだ。
「不思議です」 「こんなにも、静かだなんて」
「制度による裁きは、そういうものだ」
クロヴィスは、彼女を見つめる。
「だが」 「あなたが、ここに立ったからこそ」 「この結末が、成立した」
ディアナは、首を振る。
「私一人では、無理でした」
「それでも」
クロヴィスは、はっきりと言った。
「あなたは、逃げなかった」
その言葉に、
ディアナの胸が温かくなる。
白い結婚。
契約から始まった関係。
だが今は。
「……これからは」
彼女は、少しだけ言葉を選ぶ。
「何を、選びますか?」
クロヴィスは、答えを急がない。
ただ、
彼女の隣に立つ。
それが、
次の章の始まりだった。
王太子の断罪は終わった。
だが――
ディアナの物語は、
ここからが本当の始まりだ。
-
王都中央評議庁に、再び鐘の音が響いた。
重く、低く、逃げ場のない音。
それは祝福でも、警告でもない。
ただ――決定を告げる音だった。
貴族評議会、法務院、王宮代表。
全員が揃う臨時評議会。
名目は「第三者調査最終報告および処分決定」。
すでに、結論は共有されている。
だが、形式を経なければならない。
それが、王国という仕組みだった。
エドガルド・ヴァルシュタインは、王太子席ではなく、
被審問者席に座っていた。
その位置が、すべてを物語っている。
(……ここに座る日が来るとはな)
背筋を伸ばそうとしたが、
体は思うように動かない。
視線を上げると、
そこには誰もいない。
父王の姿は、ない。
母后も、いない。
――王宮は、距離を取った。
それが、最大の答えだった。
「……これより、最終報告を行います」
法務院長が、静かに口を開く。
「第三者調査団による調査は」 「すべて完了しました」
書類が、机の上に置かれる。
「調査結果は、中間報告と同様」 「襲撃未遂事件が」 「公爵領側の自作自演ではないこと」 「および、王都側からの不正な干渉があったことを」 「明確に示しています」
淡々と、事実が積み上げられていく。
「特に」 「王都を経由した資金の流れ」 「それに伴う指示、黙認」 「圧力行為について」
法務院長は、視線を被審問者席へ向けた。
「王太子エドガルド・ヴァルシュタイン殿下が」 「主体的、あるいは黙認的に関与していたと」 「認定せざるを得ません」
エドガルドは、目を閉じた。
(……認定、か)
感情ではない。
判断ですらない。
制度が下す、確定だ。
「これを受け」 「評議会および王国法に基づき」 「以下の処分を決定します」
場が、完全に静まる。
ここから先は、
取り消しが効かない。
「第一に」 「王太子エドガルド・ヴァルシュタインの」 「王太子位を、剥奪する」
その一言で、
すべてが終わった。
地位。
未来。
王冠に手が届く可能性。
すべてが、過去形になる。
だが、法務院長は止まらない。
「第二に」 「王宮および王政への関与を停止し」 「以後、政治的発言権を認めない」
事実上の、
追放に近い処分だ。
「第三に」 「一連の不正資金について」 「全額返還を命じ」 「関連商会および関係者の処分を行う」
エドガルドは、何も言わない。
言える言葉が、なかった。
「以上をもって」 「本件に関する処分を、確定とします」
木槌が、三度鳴らされた。
それは、
裁きの終わりを告げる音だった。
***
評議会が終わり、
人々が静かに立ち去っていく。
誰も、エドガルドに声をかけない。
慰めも、非難もない。
無関心。
それが、最も残酷だった。
エドガルドは、ゆっくりと立ち上がる。
足元が、少しふらつく。
(……これで、終わりか)
出口へ向かう途中、
ふと、視線を感じた。
振り向くと、
少し離れた場所に、ディアナ・フォン・ヴァイスリーベが立っている。
隣には、クロヴィス・フォン・シュヴァルツハルト。
――並んで。
言葉は、交わされない。
だが、エドガルドは理解した。
(……彼女は)
(もう、振り向かない)
それは、憎しみではない。
勝利の誇示でもない。
完全な決別だった。
視線を逸らし、
エドガルドは歩き出す。
その背中を、
誰も呼び止めない。
***
外に出ると、
空は驚くほど澄んでいた。
王都の喧騒が、
遠くに聞こえる。
世界は、何事もなかったかのように続いている。
(……私は)
(何を、間違えた)
答えは、もう出ない。
いや。
本当は、
最初から分かっていたのかもしれない。
誰かを「正しい位置に戻そう」とした時点で、
その人の意思を見ていなかった。
それが、すべてだった。
エドガルド・ヴァルシュタインは、
王太子ではなくなった。
それだけの話だ。
***
一方。
評議庁の別の回廊。
ディアナは、静かに息を吐いた。
「……終わりましたわね」
「ああ」
クロヴィスは、短く答える。
「ここからは」 「前を向くだけだ」
ディアナは、微笑んだ。
「不思議です」 「こんなにも、静かだなんて」
「制度による裁きは、そういうものだ」
クロヴィスは、彼女を見つめる。
「だが」 「あなたが、ここに立ったからこそ」 「この結末が、成立した」
ディアナは、首を振る。
「私一人では、無理でした」
「それでも」
クロヴィスは、はっきりと言った。
「あなたは、逃げなかった」
その言葉に、
ディアナの胸が温かくなる。
白い結婚。
契約から始まった関係。
だが今は。
「……これからは」
彼女は、少しだけ言葉を選ぶ。
「何を、選びますか?」
クロヴィスは、答えを急がない。
ただ、
彼女の隣に立つ。
それが、
次の章の始まりだった。
王太子の断罪は終わった。
だが――
ディアナの物語は、
ここからが本当の始まりだ。
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