白い結婚のはずでしたが、選ぶ人生を取り戻しました

ふわふわ

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第33話 白ではないと告げる日

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第33話 白ではないと告げる日

 その話題は、いつか必ず向き合わなければならないものだった。

 先延ばしにすることもできた。
 曖昧なまま、自然に変わっていく関係として受け入れることもできた。

 だが――
 ディアナ・フォン・ヴァイスリーベは、そうしなかった。

 選び直すと決めた以上、
 言葉にしなければならないと、分かっていたからだ。

 ***

 王都から届いた一通の公文書。

 内容は簡潔だった。

『婚姻に関する契約条件の確認および更新について
 関係者の意思を確認したい』

 白い結婚は、正式な契約だった。
 王太子失脚という“目的”を果たした今、
 王宮としても、その扱いを曖昧にはできない。

「……来ましたわね」

 ディアナは、書簡を静かに机に置いた。

 恐れはない。
 迷いも、ない。

 ただ、
 胸の奥が少しだけ熱くなる。

 そこへ、クロヴィスが現れる。

「王宮からか」

「ええ」

 ディアナは、彼を見つめる。

「……話す時が、来ました」

「ああ」

 クロヴィスは、短く答えた。

 だが、その表情は真剣だった。

 ***

 数日後。

 王都・調停庁の一室。

 派手さのない、実務用の空間。

 そこに、
 ディアナとクロヴィスは並んで座っていた。

 向かいには、法務官と書記官。

「本日は」 「シュヴァルツハルト公爵夫妻の婚姻条件について」 「確認を行います」

 淡々とした進行。

「当初の契約は」 「政治的安定および身辺保護を目的とした」 「いわゆる“白い結婚”であると認識しています」

「はい」

 クロヴィスが答える。

「その認識で、相違ありません」

 ディアナも、頷く。

「では」 「現在も、その条件を継続する意思はありますか」

 一瞬の沈黙。

 それは、躊躇ではない。

 確認のための間だった。

 ディアナは、はっきりと口を開く。

「……いいえ」

 法務官の視線が、彼女に向く。

「私は」 「当初の契約条件を、継続する意思はありません」

 言い切った。

 声は、揺れなかった。

「理由を、伺っても?」

「はい」

 ディアナは、背筋を伸ばす。

「その契約は」 「“守られるため”のものでした」

 王太子から。
 王宮の圧力から。
 政治的な意図から。

「ですが、今は違います」

 視線を、クロヴィスへ向ける。

「私は、ここにいることを」 「自分で、選びました」

 クロヴィスは、何も言わない。
 だが、その表情が答えだった。

「よって」 「“白い結婚”という形を」 「続ける理由は、ありません」

 法務官は、静かに頷いた。

「……公爵殿のお考えは?」

 クロヴィスは、迷いなく答えた。

「同じだ」

 短く、だが明確に。

「当初の契約は、役目を終えた」 「今後は」 「新たな条件で、関係を築く意思がある」

 書記官の筆が、走る。

「それは」 「婚姻の解消、あるいは――」

「いいえ」

 クロヴィスは、言葉を遮る。

「解消ではない」

 その声は、低く、落ち着いている。

「更新だ」

 ディアナの心臓が、わずかに跳ねる。

「契約ではなく」 「意思による、継続」

 法務官は、少し驚いたように目を瞬かせたが、
 すぐに理解したようだった。

「……承知しました」

「では」 「本件は、白い結婚契約の終了」 「および、新たな婚姻関係の再確認として」 「記録いたします」

 木製の印が、静かに押される。

 その音は、
 どこか儀式めいていた。

 ***

 手続きが終わり、
 二人は調停庁を後にした。

 王都の空は、よく晴れている。

「……終わりましたね」

 ディアナが、ぽつりと言う。

「ああ」

 クロヴィスは、歩きながら答える。

「拍子抜けするほど、静かだった」

「はい」

 ディアナは、微笑む。

「でも」 「この静かさが、いいのです」

 派手な宣言も、
 喝采もいらない。

 自分たちが分かっていれば、それでいい。

 ***

 その夜。

 公爵邸の私室。

 ディアナは、机の上に置かれた写しを見つめていた。

 そこに書かれているのは、
 淡々とした事務文書。

 だが、意味は重い。

『白い結婚契約、終了』

 その下に、
 彼女とクロヴィスの署名。

 ディアナは、静かに息を吐いた。

(……私は)

(もう、“守られるだけ”の立場ではない)

 ノックの音。

「……入っていいか」

「はい」

 クロヴィスが入ってくる。

 彼は、机の書類を一瞥し、
 それから彼女を見る。

「……どうだ」

 ディアナは、正直に答えた。

「少し、怖いです」

「……そうか」

「でも」

 顔を上げ、彼を見る。

「後悔は、ありません」

 クロヴィスは、ゆっくりと頷く。

「それでいい」

 一歩、距離を詰める。

 触れるか触れないか、
 そのぎりぎりで止まる。

「これからは」 「白でも、契約でもない」

 ディアナの頬が、少し熱くなる。

「……分かっています」

「なら」

 クロヴィスは、静かに言った。

「一歩ずつでいい」

 それは、約束だった。

 急がないこと。
 押し付けないこと。

 ディアナは、微笑む。

「ええ」 「一歩ずつ」

 白い結婚は、終わった。

 だがそれは、
 関係の終わりではない。

 ようやく始まったのだ。

 自分たちの意思で選ぶ、
 新しい関係が。

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