『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ

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第25話 風向きの測り方

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第25話 風向きの測り方

 線が引かれ、基準が示されると、次に問われるのは“風向き”だった。
 正しい判断が、常に最短で届くとは限らない。
 風は回り、時に逆流する。

 アルベルトは朝の報告を受けながら、その微細な変化を拾っていた。
 数値は安定。進捗も予定内。
 だが、言葉の端に、わずかな躊躇が混じる。

「……現場の理解は、概ね得られています。ただ――」

「ただ?」

「説明会の場で、質問が増えました。反対ではありませんが、“様子見”が広がっています」

 アルベルトは頷いた。

(風が、止まりかけている)

 反発より厄介なのは、様子見だ。
 誰も手を挙げないが、誰も動かない。

「追加の基準は出さない」

 彼は、先回りをしないと決める。

「代わりに、判断の“例”を出す。三件でいい」

 具体が、風を動かす。

 昼までに、三つの判断例が公開された。
 港湾、補助金、例外窓口。
 いずれも結論より、過程が丁寧に示される。

――条件の確認
――選択肢の列挙
――棄却理由の明文化

 読む側は、結論に賛否を持てる。
 だが、過程には学びが残る。

 一方、領地。
 エレノアは市場を歩いていた。
 表向きは視察だが、狙いは別にある。

「今日は、何が売れています?」

 商人たちは、口を揃える。

「保存の利く品です」
「様子見が続いていて……」

 彼女は、足を止める。

(王都と同じ)

 風は、慎重に傾いている。

 エレノアは、市場の掲示板に紙を一枚貼った。
 難しい言葉は使わない。

――今週の判断例
・道路補修は、雨天を避けて着工
・税の猶予は、申請理由を共有
・価格の上限は、来月まで暫定

 理由も短く添える。

――無理をしないため
――誤解を減らすため
――調整の時間を確保するため

 人々は立ち止まり、読む。
 誰も声を荒げない。

 午後、王宮では若い官が言った。

「“例”が効いています。質問が、具体に変わりました」

「それでいい」

 アルベルトは、風見を見ない。
 代わりに、風の通り道を整える。

 夕刻、領地の集会所で、商人が呟いた。

「今は仕入れを抑える。でも、来月は動く」

 それが、風向きだ。

 夜。
 アルベルトは、窓辺で王都の灯りを眺める。

(風は、作れない。読めるだけだ)

 読めば、帆を畳むか、張るかを選べる。

 同じ夜、エレノアは書斎で帳簿を閉じた。

(帆を張りすぎない)

 自由とは、風任せにしないことでもある。

 翌朝、王都の動きは、わずかに前へ進んだ。
 大きな波ではない。
 だが、確かな流れだ。

 風向きの測り方は、派手な技術ではない。
 結論を急がず、過程を示し、例で示す。

 王は、判断の通り道を整え、
 公爵令嬢は、暮らしの風を読む。

 交わらぬ道でも、風は同じ空から吹く。
 だから、帆は静かに、しかし確実に前へ進んだ。
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