24 / 40
第24話 線を引く者たち
しおりを挟む
第24話 線を引く者たち
王都の朝は、前日と同じように始まった。
だが、空気の密度が違う。
人々は、判断が返ってくる“速さ”を、すでに体で覚え始めていた。
アルベルトは、朝一番の報告を聞き終え、机に指を置いた。
「線を引く仕事が、増えている」
それは愚痴ではない。
国が動き始めた証拠だ。
新体制の下では、判断基準が可視化された。
その結果、境界線――どこからが例外で、どこまでが裁量か――が問われる。
老侯爵が一枚の資料を差し出す。
「陛下。地方の二つの郡が、水利の優先順位で対立しています。どちらも基準内ですが、同時には叶いません」
アルベルトは即答しない。
代わりに、確認を重ねる。
「被害予測と復旧速度は?」
「甲は被害大、復旧遅。乙は被害中、復旧早」
「住民数と代替手段は?」
「甲は少、乙は多」
彼は頷いた。
「甲を優先。乙には暫定措置を」
理由は明確だ。
被害が大きく、回復に時間がかかる方を先に守る。
「文書に残せ。例外理由も、数値で」
線は、曖昧に引かない。
昼前、別件が持ち込まれる。
旧来の特権を理由に、基準の回避を求める請願だ。
「……却下」
即断。
「特権は、線の外にある。基準に戻す」
反発は、想定内。
だが、線が一度引かれれば、次は議論が進む。
一方、領地。
エレノアは、二つの村の代表を前にしていた。
こちらも、水利の話だ。
「両方は、同時にできません」
彼女は率直に言う。
「だから、先にこちら。理由は三つ」
指を折る。
「被害規模、復旧速度、代替策」
王宮と同じ物差し。
だが、言葉は平易だ。
村の代表が問う。
「不公平では?」
「いいえ。不便は、後で補います。公平は、順番です」
沈黙の後、頷きが起きる。
(線は、説明できてこそ)
午後、王都では一部から不満が出た。
「冷たい」「融通が利かない」。
アルベルトは、記者会見めいた場を設けない。
代わりに、判断文書を公開する。
「理由はここにある。反論は、数値で」
感情論は、入口に立てない。
夕刻、エレノアは堤を歩き、仮設の進捗を確認した。
彼女は作業員に礼を言い、現場を後にする。
(線を引くのは、勇気だわ)
引かなければ、混乱は長引く。
引けば、誰かは不満を持つ。
夜。
王宮では、若い官が言った。
「線を引くのが、怖くなくなってきました」
アルベルトは短く答える。
「怖いままでいい。だが、逃げるな」
同じ夜、領地の宿で、村人が囁いた。
「順番は厳しいが、嘘はない」
それが、線を引く者たちへの評価だ。
線を引く者たちは、派手ではない。
だが、国と領地の輪郭を、毎日少しずつ確かにする。
王は責任で線を引き、
公爵令嬢は説明で線を引く。
交わらぬ道は、互いに補い合う。
線があるから、前に進めるのだ。
王都の朝は、前日と同じように始まった。
だが、空気の密度が違う。
人々は、判断が返ってくる“速さ”を、すでに体で覚え始めていた。
アルベルトは、朝一番の報告を聞き終え、机に指を置いた。
「線を引く仕事が、増えている」
それは愚痴ではない。
国が動き始めた証拠だ。
新体制の下では、判断基準が可視化された。
その結果、境界線――どこからが例外で、どこまでが裁量か――が問われる。
老侯爵が一枚の資料を差し出す。
「陛下。地方の二つの郡が、水利の優先順位で対立しています。どちらも基準内ですが、同時には叶いません」
アルベルトは即答しない。
代わりに、確認を重ねる。
「被害予測と復旧速度は?」
「甲は被害大、復旧遅。乙は被害中、復旧早」
「住民数と代替手段は?」
「甲は少、乙は多」
彼は頷いた。
「甲を優先。乙には暫定措置を」
理由は明確だ。
被害が大きく、回復に時間がかかる方を先に守る。
「文書に残せ。例外理由も、数値で」
線は、曖昧に引かない。
昼前、別件が持ち込まれる。
旧来の特権を理由に、基準の回避を求める請願だ。
「……却下」
即断。
「特権は、線の外にある。基準に戻す」
反発は、想定内。
だが、線が一度引かれれば、次は議論が進む。
一方、領地。
エレノアは、二つの村の代表を前にしていた。
こちらも、水利の話だ。
「両方は、同時にできません」
彼女は率直に言う。
「だから、先にこちら。理由は三つ」
指を折る。
「被害規模、復旧速度、代替策」
王宮と同じ物差し。
だが、言葉は平易だ。
村の代表が問う。
「不公平では?」
「いいえ。不便は、後で補います。公平は、順番です」
沈黙の後、頷きが起きる。
(線は、説明できてこそ)
午後、王都では一部から不満が出た。
「冷たい」「融通が利かない」。
アルベルトは、記者会見めいた場を設けない。
代わりに、判断文書を公開する。
「理由はここにある。反論は、数値で」
感情論は、入口に立てない。
夕刻、エレノアは堤を歩き、仮設の進捗を確認した。
彼女は作業員に礼を言い、現場を後にする。
(線を引くのは、勇気だわ)
引かなければ、混乱は長引く。
引けば、誰かは不満を持つ。
夜。
王宮では、若い官が言った。
「線を引くのが、怖くなくなってきました」
アルベルトは短く答える。
「怖いままでいい。だが、逃げるな」
同じ夜、領地の宿で、村人が囁いた。
「順番は厳しいが、嘘はない」
それが、線を引く者たちへの評価だ。
線を引く者たちは、派手ではない。
だが、国と領地の輪郭を、毎日少しずつ確かにする。
王は責任で線を引き、
公爵令嬢は説明で線を引く。
交わらぬ道は、互いに補い合う。
線があるから、前に進めるのだ。
1
あなたにおすすめの小説
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します
佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。
セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。
婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来
鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」
婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。
王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。
アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。
だが、彼女は決して屈しない。
「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」
そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。
――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。
彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」
婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。
しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが──
「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」
なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。
さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。
「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」
驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。
ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。
「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」
かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。
しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。
暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。
そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。
「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」
婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー!
自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる