『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ

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第33話 静かな揺り戻し

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第33話 静かな揺り戻し

 継続の設計図が配られてから、しばらくのあいだ、国も領地も穏やかに回り続けた。
 止めどきが共有され、やらない箱が尊重され、誰も無理をしない。
 それは、理想的な安定だった。

 だからこそ――揺り戻しは、静かにやって来る。

 アルベルトは朝の回覧に目を通し、違和感を覚えた。
 数字は問題ない。報告も簡潔。
 だが、文面が揃いすぎている。

(……判断が、均質だ)

 老侯爵も、同じ感覚を持っていた。

「陛下。最近、どの部署も“無難な選択”に寄っています」

「止め方が、効きすぎたか」

 止まれる設計は、時に慎重さを過剰にする。
 誰も間違えないが、誰も踏み出さない。

 アルベルトは、すぐに命じなかった。
 代わりに、問いを投げる。

「失敗しても、戻れる案件は?」

 沈黙の後、若い官が答えた。

「……三件あります。影響が局所で、修正可能です」

「それを、やってみろ」

 命令ではない。
 許可だ。

「失敗したら、止めろ。止めた理由を残せ」

 安全に揺らす。
 それが、設計図の次の段階だった。

 一方、領地。
 エレノアもまた、似た空気を感じていた。
 市場は安定し、在庫は適正。
 だが、提案箱が軽い。

「最近、“来月考える”が減っています」

 側近の言葉に、彼女は頷く。

「考えないことに、慣れたのね」

 安定は、人から挑戦を奪う。

 エレノアは、久しぶりに集会所を開いた。
 議題は、ひとつだけ。

「失敗してもいい提案を、出してください」

 ざわめきが起きる。

「本当に、いいのですか?」

「条件があります」

 彼女は、指を三本立てた。

「規模は小さく」
「期限を決めて」
「止めどきも一緒に」

 人々は顔を見合わせ、やがて紙を手に取った。

(揺り戻しは、怖がらせないこと)

 午後、王宮では三件の“試し”が動き出した。
 一つはうまくいき、一つは微妙、もう一つは即停止。

 報告書には、結論よりも理由が並ぶ。

――止めた理由
――続けなかった理由
――次に活かす点

 アルベルトは、それを丁寧に読んだ。

「よし。共有しろ。失敗も含めて」

 隠さない。
 揺り戻しを、学びに変える。

 同じ頃、領地では小さな試みが始まり、二つが止まり、一つが残った。
 エレノアは、止めた提案者に礼を言う。

「止めどきを守ってくれて、ありがとう」

 評価は、成功だけのものではない。

 夕刻、王宮の回廊で若い官が安堵の息を吐いた。

「……挑戦しても、戻れるんですね」

「戻れるように、設計した」

 アルベルトの答えは、短い。

 夜。
 王宮も領地も、いつもより少しだけ賑やかだ。
 だが、騒がしくはない。

 静かな揺り戻しは、後退ではない。
 安定に風を通すための、小さな揺れだ。

 王は、挑戦の許可を出し、
 公爵令嬢は、失敗の居場所を用意する。

 交わらぬ道でも、同じ調整が行われる。
 揺れて、戻って、また進む。

 それが、長く続く仕組みの呼吸だった。
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