『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ

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第34話 速度の合意

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第34話 速度の合意

 揺り戻しの風が通ったあと、国と領地には微妙な違いが現れた。
 速く動きたい者と、今の速度で十分だと感じる者。
 どちらも正しい。問題は、速度が噛み合わないことだった。

 アルベルトは朝の会議で、その差を数字として受け取った。
 新規試行の立ち上がりは早い。
 一方で、現場の定着は、従来より慎重だ。

「進みたい人が、前に出ています」

 若い官の報告に、老侯爵が続ける。

「追いつけない部署が、距離を感じ始めています」

(速度差、か)

 速さは力だ。
 だが、合意のない速さは、分断になる。

 アルベルトは、結論を急がない。
 代わりに、問いを置いた。

「“今の速度”を、言葉にしてみよう」

 各部署が短く答える。

「判断から着手まで、三日」
「試行は二週間」
「停止判断は、即日」

 ばらつきはあるが、輪郭が見える。

「では、共通の下限と上限を決める」

 彼は、線を引いた。

「最短は三日。最長は三十日。
 それより早いなら理由を、遅いなら説明を」

 速さを縛るのではない。
 速さに理由を持たせる。

 午前中のうちに、合意は文書化された。
 命令ではない。
 目安だ。

 一方、領地。
 エレノアもまた、似た違和感を感じていた。
 試しの提案が増え、期待が先行する。

「少し、走りたい空気ね」

 彼女は集会所に人を集め、短く言った。

「速度を、揃えましょう」

 難しい話はしない。

「一度に進めるのは、一つ」
「試す期間は、一か月」
「途中で止めても、評価は下げない」

 人々は、ほっと息を吐く。

「速くても、いいのですね?」

「ええ。ただし、一緒に」

 午後、王宮では合意が効き始めた。
 早すぎる案件は理由が添えられ、遅い案件は説明がつく。
 不満は減り、会話が増える。

 同じ午後、領地では提案が整理され、次に進む一つが選ばれた。
 外れた提案は、箱に戻る。
 敗北ではない。

 夕刻、老侯爵が言う。

「速度の話をすると、揉めると思っていましたが……」

「速度は、感情だ。だから、合意がいる」

 アルベルトは窓の外を見る。
 港のクレーンは、一定のリズムを保っている。

 同じ夕刻、エレノアは市場を歩く。
 人々の足取りは、軽すぎず、重すぎない。

(この速度なら、続く)

 夜。
 王宮では短い報告が回り、領地では静かな灯りが並ぶ。

 速度の合意は、ブレーキでもアクセルでもない。
 ハンドルだ。

 王は、速さに理由を与え、
 公爵令嬢は、速さを一緒に決める。

 交わらぬ道でも、同じ速度感が保たれる。
 だから、列は崩れない。

 進むことに、誰も置き去りにならない――
 それが、この国の新しい歩き方だった。
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