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第35話 余力という資産
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第35話 余力という資産
速度に合意が生まれると、次に見えてくるものがある。
それは、成果でも失敗でもない。
余力だ。
アルベルトは朝の回覧を閉じ、珍しく深く息を吐いた。
会議は短く、報告は要点だけ。
誰かが無理をしている気配が、薄れている。
(……余っている)
時間が、判断が、人の集中が。
老侯爵が、少し慎重に言った。
「陛下。各部署、余裕が出ています。新たな施策を――」
「入れない」
即答だった。
「余力は、使う前に貯める」
余ったからといって、詰め込めば元に戻る。
余力は、資産だ。消費財ではない。
アルベルトは、三つの使途を定めた。
「学習に回す」
「保守に回す」
「何もしない日に回す」
拡大には使わない。
まず、底を厚くする。
午前中、若い官が不思議そうに尋ねる。
「余力があるのに、前に進まないのですか?」
「前に進むために、余力が要る」
答えは、短い。
一方、領地。
エレノアは帳簿を眺め、同じことを考えていた。
収支は安定。
人手も、時間も、少し余っている。
(ここで増やせば、楽しいでしょうね)
だが、彼女は首を振る。
「増やしません」
側近が驚く。
「今なら、できます」
「今だから、しません」
余力は、危機の前払いだ。
エレノアは、余力の使い道を三つに分けた。
「教育」
「整備」
「休み」
特に、最後を強調する。
「休める仕組みを、先に作ります」
昼、王宮では“何もしない日”が試験的に設定された。
会議を入れない日。
決裁は、原則翌日。
人々は最初、戸惑う。
「今日は……何を?」
「整理を」
その答えに、笑いが起きる。
同じ昼、領地では交代制の休みが始まった。
市場も、屋敷も、完全には止めない。
だが、誰かが必ず休める。
午後、王宮で小さなトラブルが起きた。
担当者不在。
だが、代替手順が機能し、問題は拡大しない。
(余力が、効いた)
同じ午後、領地では機械の小さな故障が見つかる。
予備時間があり、その日のうちに直る。
夕刻、老侯爵が感心した。
「余力があると、事故が事故になりませんな」
「事故は、ゼロにできない。影響は、減らせる」
アルベルトの言葉は、淡々としている。
同じ夕刻、エレノアは市場の片隅で子どもたちの遊ぶ声を聞く。
今日は、早仕舞いだ。
(余力は、生活の音を残す)
夜。
王宮の灯りは、早めに落ちる。
領地の屋敷でも、静かな時間が流れる。
アルベルトは、明日の予定を見て、何も足さない。
エレノアは、帳簿に空白を残す。
余力という資産は、見えにくい。
だが、危機のとき、真っ先に効く。
王は、余力を貯め、
公爵令嬢は、余力を分ける。
交わらぬ道でも、同じ価値が共有される。
走らない強さが、国と領地を長く支えていた。
次に試されるのは、
余力を削られたときの振る舞いだ。
速度に合意が生まれると、次に見えてくるものがある。
それは、成果でも失敗でもない。
余力だ。
アルベルトは朝の回覧を閉じ、珍しく深く息を吐いた。
会議は短く、報告は要点だけ。
誰かが無理をしている気配が、薄れている。
(……余っている)
時間が、判断が、人の集中が。
老侯爵が、少し慎重に言った。
「陛下。各部署、余裕が出ています。新たな施策を――」
「入れない」
即答だった。
「余力は、使う前に貯める」
余ったからといって、詰め込めば元に戻る。
余力は、資産だ。消費財ではない。
アルベルトは、三つの使途を定めた。
「学習に回す」
「保守に回す」
「何もしない日に回す」
拡大には使わない。
まず、底を厚くする。
午前中、若い官が不思議そうに尋ねる。
「余力があるのに、前に進まないのですか?」
「前に進むために、余力が要る」
答えは、短い。
一方、領地。
エレノアは帳簿を眺め、同じことを考えていた。
収支は安定。
人手も、時間も、少し余っている。
(ここで増やせば、楽しいでしょうね)
だが、彼女は首を振る。
「増やしません」
側近が驚く。
「今なら、できます」
「今だから、しません」
余力は、危機の前払いだ。
エレノアは、余力の使い道を三つに分けた。
「教育」
「整備」
「休み」
特に、最後を強調する。
「休める仕組みを、先に作ります」
昼、王宮では“何もしない日”が試験的に設定された。
会議を入れない日。
決裁は、原則翌日。
人々は最初、戸惑う。
「今日は……何を?」
「整理を」
その答えに、笑いが起きる。
同じ昼、領地では交代制の休みが始まった。
市場も、屋敷も、完全には止めない。
だが、誰かが必ず休める。
午後、王宮で小さなトラブルが起きた。
担当者不在。
だが、代替手順が機能し、問題は拡大しない。
(余力が、効いた)
同じ午後、領地では機械の小さな故障が見つかる。
予備時間があり、その日のうちに直る。
夕刻、老侯爵が感心した。
「余力があると、事故が事故になりませんな」
「事故は、ゼロにできない。影響は、減らせる」
アルベルトの言葉は、淡々としている。
同じ夕刻、エレノアは市場の片隅で子どもたちの遊ぶ声を聞く。
今日は、早仕舞いだ。
(余力は、生活の音を残す)
夜。
王宮の灯りは、早めに落ちる。
領地の屋敷でも、静かな時間が流れる。
アルベルトは、明日の予定を見て、何も足さない。
エレノアは、帳簿に空白を残す。
余力という資産は、見えにくい。
だが、危機のとき、真っ先に効く。
王は、余力を貯め、
公爵令嬢は、余力を分ける。
交わらぬ道でも、同じ価値が共有される。
走らない強さが、国と領地を長く支えていた。
次に試されるのは、
余力を削られたときの振る舞いだ。
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