『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ

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第36話 削られる余力

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第36話 削られる余力

 余力は、貯めた瞬間に試される。
 それを削りに来るのは、危機ではない。
 当然の顔をした要求だ。

 アルベルトは朝の回覧を読み、ゆっくりと紙を伏せた。
 財務からの提言――余剰分の前倒し活用。
 外務からの要請――好機を逃さぬための即応枠。
 内務からの願い――現場の士気向上のための追加施策。

(全部、正しい)

 正しいからこそ、危ない。

 老侯爵が言う。

「陛下。余力がある今、手を打つべきだという声が……」

「“今しかない”は、余力を食べる言葉だ」

 アルベルトは、線を引く。

「余力は、目的では使わない。
 条件でしか使わない」

 条件は三つ。

「想定外であること」
「影響が広範であること」
「回復に時間が要ること」

 この三つが揃わなければ、余力は動かさない。

 午前中、各部署に条件が共有された。
 不満は出る。
 だが、混乱は出ない。

「条件に当てはまらないなら、通常枠で」

 言い切りが、判断を軽くする。

 一方、領地。
 エレノアのもとにも、余力を削る声が届いていた。
 収穫前の設備増強、観光誘致の前倒し、祭事の拡大。

「今なら、できます」

「今だから、しません」

 彼女は、同じ三条件を口にする。

「想定外?」
「広範?」
「回復に時間が要る?」

 提案者は、黙り込む。

(余力は、便利な財布ではない)

 昼、王宮で一件だけ条件に当てはまる報告が上がった。
 予測外の天候異変。
 影響は広範。
 復旧に時間が要る。

「余力、投入」

 アルベルトは即断する。

 入口を絞り、出口を広げる。
 現場に裁量を渡し、決裁は簡略化。
 だが、期限は切る。

「一週間。延長は再審査」

 使い切らない。
 戻れるように使う。

 同じ頃、領地でも突発の出来事が起きた。
 水路の一部に予期せぬ損傷。

「余力、使います」

 エレノアは迷わない。
 人を集め、資材を回し、交代制を組む。

「休みは削らない。作業を分ける」

 余力は、人を守るために使う。

 夕刻、王宮では被害拡大が止まった報告が入る。
 完全復旧ではない。
 だが、最悪は避けた。

「余力を削った分、どう戻す?」

 アルベルトは、すぐに次を考える。

「来週、何もしない日を増やす。
 学習枠を一時停止」

 削ったら、戻す。
 それも設計の一部だ。

 同じ夕刻、領地では応急対応が終わる。
 エレノアは、帳簿に赤で一行足す。

――余力使用。回復計画。

 夜。
 王宮の灯りは、いつもより遅くまで残る。
 領地の屋敷でも、静かな緊張が続く。

 それでも、誰も走らない。
 叫ばない。

 削られる余力は、失敗ではない。
 守るために、削る。
 戻す前提で、使う。

 王は、条件で余力を切り、
 公爵令嬢は、人を基準に余力を配る。

 交わらぬ道でも、同じ約束が守られる。
 余力は、使われても、枯れない。

 枯らさないと決めているからだ。
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