37 / 40
第37話 戻し方の作法
しおりを挟む
第37話 戻し方の作法
余力を削った翌日は、派手な達成感がない。
代わりに残るのは、静かな疲労と、次の問いだ。
どう戻すか。
アルベルトは朝の報告を聞き終え、すぐに指示を出さなかった。
被害は抑えられ、現場は落ち着いている。
だからこそ、今は“回復”に目を向ける。
「削った分を、数字で見せてくれ」
老侯爵が頷き、一覧が並ぶ。
時間、集中、裁量。
見えない資源が、見える形にされている。
「戻し方は、三段階だ」
アルベルトは言葉を選ぶ。
「まず、止める。次に、休ませる。最後に、戻す」
追加施策は凍結。
決裁は翌日回し。
交代制の休みを、例外なく回す。
「英雄はいらない。通常運転に戻る」
称賛は、回復を遅らせる。
彼は、それを知っていた。
午前中、各部署に“回復モード”が通達された。
拍子抜けするほど、淡々と。
一方、領地。
エレノアも同じ朝を迎えていた。
応急対応は終わり、被害は限定的。
「今日から、戻します」
彼女は、作業表を裏返す。
「延長はしない。休みは増やす」
現場から、安堵の息が漏れる。
「でも、遅れが……」
「遅れは、説明で埋めます。疲れは、休みでしか戻りません」
昼、王宮では“何もしない時間”が増えた。
会議室は空き、回廊は静か。
若い官が不安そうに言う。
「本当に、これで?」
「これでいい。回復は、静かに起きる」
アルベルトは、机に触れない。
同じ昼、領地では市場が早仕舞いになった。
理由は掲示板に短く。
――回復のため
――明日は通常
人々は頷き、帰路につく。
午後、王宮に一件の問い合わせが来る。
余力を使った件の“評価”を求める声。
「評価は、出さない」
アルベルトは答える。
「結果は共有する。称賛は、休みを削る」
数字だけを公開し、言葉を足さない。
同じ午後、領地でも噂が立つ。
「よくやった」と。
エレノアは、軽く首を振る。
「次に備えただけです」
夕刻。
王宮の灯りは、いつもより早く落ちる。
領地の屋敷でも、笑い声が戻る。
アルベルトは、翌週の予定を見直し、空白を増やす。
エレノアは、赤で書いた“回復計画”に、青で線を引く。
――完了。
戻し方の作法は、派手ではない。
止め、休ませ、静かに戻す。
王は、称賛を抑えて回復を守り、
公爵令嬢は、説明で遅れを引き受ける。
交わらぬ道でも、同じ所作が行われる。
削った余力は、確かに戻った。
そして次に残るのは、
余力を削らずに守るための、もう一段深い知恵だった。
余力を削った翌日は、派手な達成感がない。
代わりに残るのは、静かな疲労と、次の問いだ。
どう戻すか。
アルベルトは朝の報告を聞き終え、すぐに指示を出さなかった。
被害は抑えられ、現場は落ち着いている。
だからこそ、今は“回復”に目を向ける。
「削った分を、数字で見せてくれ」
老侯爵が頷き、一覧が並ぶ。
時間、集中、裁量。
見えない資源が、見える形にされている。
「戻し方は、三段階だ」
アルベルトは言葉を選ぶ。
「まず、止める。次に、休ませる。最後に、戻す」
追加施策は凍結。
決裁は翌日回し。
交代制の休みを、例外なく回す。
「英雄はいらない。通常運転に戻る」
称賛は、回復を遅らせる。
彼は、それを知っていた。
午前中、各部署に“回復モード”が通達された。
拍子抜けするほど、淡々と。
一方、領地。
エレノアも同じ朝を迎えていた。
応急対応は終わり、被害は限定的。
「今日から、戻します」
彼女は、作業表を裏返す。
「延長はしない。休みは増やす」
現場から、安堵の息が漏れる。
「でも、遅れが……」
「遅れは、説明で埋めます。疲れは、休みでしか戻りません」
昼、王宮では“何もしない時間”が増えた。
会議室は空き、回廊は静か。
若い官が不安そうに言う。
「本当に、これで?」
「これでいい。回復は、静かに起きる」
アルベルトは、机に触れない。
同じ昼、領地では市場が早仕舞いになった。
理由は掲示板に短く。
――回復のため
――明日は通常
人々は頷き、帰路につく。
午後、王宮に一件の問い合わせが来る。
余力を使った件の“評価”を求める声。
「評価は、出さない」
アルベルトは答える。
「結果は共有する。称賛は、休みを削る」
数字だけを公開し、言葉を足さない。
同じ午後、領地でも噂が立つ。
「よくやった」と。
エレノアは、軽く首を振る。
「次に備えただけです」
夕刻。
王宮の灯りは、いつもより早く落ちる。
領地の屋敷でも、笑い声が戻る。
アルベルトは、翌週の予定を見直し、空白を増やす。
エレノアは、赤で書いた“回復計画”に、青で線を引く。
――完了。
戻し方の作法は、派手ではない。
止め、休ませ、静かに戻す。
王は、称賛を抑えて回復を守り、
公爵令嬢は、説明で遅れを引き受ける。
交わらぬ道でも、同じ所作が行われる。
削った余力は、確かに戻った。
そして次に残るのは、
余力を削らずに守るための、もう一段深い知恵だった。
0
あなたにおすすめの小説
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します
佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。
セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。
婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来
鍛高譚
恋愛
「君とは釣り合わない。だから、僕は王女殿下を選ぶ」
婚約者アルバート・ロンズデールに冷たく告げられた瞬間、エミリア・ウィンスレットの人生は暗転した。
王都一の名門公爵令嬢として慎ましくも誠実に彼を支えてきたというのに、待っていたのは無慈悲な婚約破棄――しかも相手は王女クラリッサ。
アルバートと王女の華やかな婚約発表の裏で、エミリアは社交界から冷遇され、"捨てられた哀れな令嬢"と嘲笑される日々が始まる。
だが、彼女は決して屈しない。
「ならば、貴方たちが後悔するような未来を作るわ」
そう決意したエミリアは、ある人物から手を差し伸べられる。
――それは、冷静沈着にして王国の正統な後継者、皇太子アレクシス・フォルベルト。
彼は告げる。「私と共に来い。……君の聡明さと誇りが、この国には必要だ」
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢アナスタシア・オルステッドは、第三王子アレンの婚約者だった。
しかし、アレンは没落貴族の令嬢カリーナと密かに関係を持っていたことが発覚し、彼女を愛していると宣言。アナスタシアとの婚約破棄を告げるが──
「わかりました。でも、それには及びません。すでに婚約は破棄されております」
なんとアナスタシアは、事前に国王へ婚約破棄を申し出ており、すでに了承されていたのだ。
さらに、慰謝料もしっかりと請求済み。
「どうぞご自由に、カリーナ様とご婚約なさってください。でも、慰謝料のお支払いはお忘れなく」
驚愕するアレンを後にし、悠々と去るアナスタシア。
ところが数カ月後、生活に困窮したアレンが、再び彼女のもとへ婚約のやり直しを申し出る。
「呆れたお方ですね。そんな都合のいい話、お受けするわけがないでしょう?」
かつての婚約者の末路に興味もなく、アナスタシアは公爵家の跡取りとして堂々と日々を過ごす。
しかし、王国には彼女を取り巻く新たな陰謀の影が忍び寄っていた。
暗躍する謎の勢力、消える手紙、そして不審な襲撃──。
そんな中、王国軍の若きエリート将校ガブリエルと出会い、アナスタシアは自らの運命に立ち向かう決意を固める。
「私はもう、誰かに振り回されるつもりはありません。この王国の未来も、私自身の未来も、私の手で切り拓きます」
婚約破棄を経て、さらに強く、賢くなった公爵令嬢の痛快ざまぁストーリー!
自らの誇りを貫き、王国を揺るがす陰謀を暴く彼女の華麗なる活躍をお楽しみください。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる