婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

文字の大きさ
23 / 32

第23話 崩れる予言、沈黙という証拠

しおりを挟む
第23話 崩れる予言、沈黙という証拠

 張りつめた空気は、簡単には元に戻らなかった。
 エレナの拒否宣言の後、大広間には奇妙な静寂が落ちている。音楽は止まり、杯を掲げていた者たちの手も、宙で固まったままだ。

 ルイスは、すぐには言葉を失わなかった。
 むしろ、余裕の笑みを浮かべたまま、ゆっくりとエレナを見下ろす。

「……拒否、だと?」

「はい」

 エレナの声は、澄んでいた。

「私は、誰の庇護も必要としておりません」

「強がりだな」

 ルイスは、肩をすくめる。

「君は感情的になっている。長旅で疲れているのだろう」

 その言い草に、周囲の貴族たちが小さく頷く。
 “理性的な王太子”と“感情的な女”。
 いつもの構図だ。

「……殿下」

 エレナは、一歩前へ出た。

「感情的かどうかを決めるのは、あなたではありません」

 ざわめきが走る。

「私は、事実を述べています」

 エレナは、視線をアリアへ向けた。

「……そして、事実を語る力を持つ方が、ここにいらっしゃる」

 アリアの肩が、ぴくりと揺れた。

「予知の魔法」

 エレナは、静かに言葉を紡ぐ。

「未来を見通す力。殿下が、あなたを選ばれた理由」

 会場中の視線が、アリアに集まる。

「……ええ」

 アリアは、かすかに微笑んだ。

「私は、殿下の未来を――」

「では」

 エレナは、遮る。

「今、この瞬間の未来を、示してください」

 空気が、凍りついた。

「この晩餐会の“結末”を」

 ざわめきが、一気に大きくなる。

「……それは」

 アリアは、一瞬、言葉に詰まった。

「未来は、常に揺らぐものですから……」

「便利な言葉ですね」

 エレナは、穏やかに微笑んだ。

「では、もっと簡単なことで結構です」

 彼女は、会場の天井を見上げる。

「あなたは、今夜“強い地鳴りが起きる”と、以前おっしゃっていましたね」

 数名の貴族が、はっと息を呑む。

「……確かに、聞いた」

「予言だ」

 囁きが、連鎖する。

 アリアの顔色が、わずかに変わった。

「……それは、比喩で……」

「違います」

 エレナは、きっぱりと言った。

「“今宵、王都を揺るがす地鳴りが起こる”」

 そのままの言葉。

「それが、あなたの予言でした」

 沈黙。
 長く、重い沈黙。

 ――だが。

 床は、揺れない。
 杯も、鳴らない。

 時が、流れる。

 一分。
 二分。

 誰かが、咳払いをした。

「……何も、起きない」

 その一言が、引き金だった。

「……予言は?」

「外れたのか?」

 ざわめきが、疑念へと変わる。

「……偶然ですわ」

 アリアは、笑顔を保とうとする。

「未来は、変わるもの――」

「変わったのではありません」

 エレナは、静かに言った。

「“最初から、なかった”のです」

 空気が、裂ける。

「……何を言っている」

 ルイスが、苛立ちを隠さずに言った。

「アリアは――」

「殿下」

 エレナは、彼を見る。

「予知とは、“起こり得る可能性”ではありません」

 声は、よく通った。

「起こる未来を、確定的に示す力です」

 彼女は、会場を見渡す。

「外れ続ける予言は、予知ではありません」

 ざわめきが、怒涛のように広がる。

「……詐欺では?」

「王太子は、騙されていた?」

 アリアの唇が、震えた。

「ち、違います……私は……」

 言葉が、続かない。

 エレナは、一歩下がった。

「私は、あなたを糾弾するために来たわけではありません」

 その言葉に、意外そうな視線が向けられる。

「ただ」

 エレナは、はっきりと言った。

「この場で、“迎え入れ”を受ける理由がないことを、示しただけです」

 沈黙は、もはや否定ではなかった。

 それは――証拠だった。

 予言が外れた事実。
 言い逃れの連続。
 そして、誰も起きない“未来”。

 ルイスは、言葉を失っていた。

 エレナは、深く息を吸い、背筋を伸ばす。

「私は、王家の庇護も、偽りの予言も、必要としません」

 その声は、強かった。

「ここにいる皆様に、選択を委ねます」

 ざわめきの中で、誰も拍手はしなかった。
 だが――誰も、エレナを否定もしなかった。

 沈黙は、何より雄弁だった。

 仮面は、剥がれ始めている。
 舞台は、確実に――エレナの側へと傾いていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

婚約破棄を「奪った側」から見たならば ~王子、あなたの代わりはいくらでもいます~

フーラー
恋愛
王子が「真実の愛」を見つけて婚約破棄をする物語を「奪ったヒロイン側」の視点で『チート相手に勝利する』恋愛譚。 舞台は中世風ファンタジー。 転生者である貴族の娘『アイ』は、前世から持ち込んだ医療や衛生の知識を活かして、世界一の天才研究家として名を馳せていた。 だが、婚約者の王子ソームはそれを快く思っていなかった。 彼女のその活躍こそ目覚ましかったが、彼が求めていたのは『優秀な妻』ではなく、自分と時間を共有してくれる『対等なパートナー』だったからだ。 だが、それを周りに行っても「彼女の才能に嫉妬している」と嘲笑されることがわかっていたため、口に出せなかった。 一方のアイも、もともと前世では『本当の意味でのコミュ障』だった上に、転生して初めてチヤホヤされる喜びを知った状態では、王子にかまける余裕も、彼の内面に目を向ける意識もなかった。 そんなときに王子は、宮廷道化師のハーツに相談する。 「私にアイ様のような才能はないですが、王子と同じ時間は過ごすことは出来ます」 そういった彼女は、その王子をバカにしながらも、彼と一緒に人生を歩く道を模索する。 それによって、王子の心は揺れ動いていくことになる。 小説家になろう・カクヨムでも掲載されています! ※本作を執筆するにあたりAIを補助的に利用しています

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

【完結】「めでたし めでたし」から始まる物語

つくも茄子
恋愛
身分違の恋に落ちた王子様は「真実の愛」を貫き幸せになりました。 物語では「幸せになりました」と終わりましたが、現実はそうはいかないもの。果たして王子様と本当に幸せだったのでしょうか? 王子様には婚約者の公爵令嬢がいました。彼女は本当に王子様の恋を応援したのでしょうか? これは、めでたしめでたしのその後のお話です。 番外編がスタートしました。 意外な人物が出てきます!

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

婚約破棄をされるのですね? でしたらその代償を払っていただきます

柚木ゆず
恋愛
「フルール・レファネッサル! この時を以てお前との婚約を破棄する!!」  私フルールの婚約者であるラトーレルア侯爵令息クリストフ様は、私の罪を捏造して婚約破棄を宣言されました。  クリストフ様。貴方様は気付いていないと思いますが、そちらは契約違反となります。ですのでこれから、その代償を払っていただきますね。

処理中です...