婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

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第22話 仮面の晩餐、仕組まれた舞台

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第22話 仮面の晩餐、仕組まれた舞台

 その夜、ローレンツ公爵家の屋敷は、久方ぶりに明かりに満ちていた。
 理由は一つ――王城からの“非公式な招待”である。

「……やはり、来たのね」

 公爵夫人は、手紙を畳みながら小さく息を吐いた。
 晩餐会。名目は、エレナの“無事な帰還を祝うため”。

(……祝う、ですか)

 エレナは、皮肉を飲み込み、静かに立っていた。

 祝宴とは名ばかり。
 実際には――観測と牽制、そして囲い込みの場だ。

「……出席は、強制ではありません」

 公爵夫人は言葉を選びながら続ける。

「ですが……断れば、余計な憶測を呼ぶでしょう」

「ええ」

 エレナは、穏やかに頷いた。

「分かっています」

 逃げれば、“やましい”と見なされる。
 出席すれば、利用される。

(……なら)

 選択肢は、一つしかない。

「……出ます」

 その一言に、公爵夫人は目を見開いた。

「……覚悟は」

「できています」

 エレナは、はっきりと答えた。

「私は、黙って座るために戻ったのではありません」

 ――――――――

 晩餐会は、王城にほど近い、由緒ある貴族の館で開かれた。
 白を基調とした大広間には、名だたる貴族たちが集っている。

 囁き。
 視線。
 値踏み。

 エレナは、淡い色のドレスに身を包み、背筋を伸ばして歩いた。

(……見られている)

 だが、もう怯えない。

「……堂々としているな」

 隣で、カイルが低く囁く。
 彼は護衛役として、控えめな装いで付き添っていた。

「……ええ」

 エレナは、小さく微笑む。

「震えているように見せたら、思う壺ですから」

 会場の奥――。
 そこに、いた。

 王太子ルイス。

 豪奢な衣装に身を包み、周囲の視線を当然のものとして受け止めている。
 そして、その腕には――アリアがいた。

(……相変わらず)

 エレナの胸は、不思議なほど静かだった。

 その視線に気づいたのか、ルイスが振り向く。
 一瞬、驚き。
 そして――満足げな笑み。

「……戻ってきたか、エレナ」

 近づいてきた彼は、まるで当然のように声をかけた。

「元気そうで何よりだ」

「……お久しぶりです、殿下」

 エレナは、形式通りに一礼する。

「心配していた」

 その言葉に、周囲の貴族たちがざわめく。

「君は、守られるべき存在だ。だからこそ――」

「それは、ありがたいお言葉ですね」

 エレナは、穏やかに遮った。

「ですが」

 ルイスの言葉が、止まる。

「私は、保護を求めて戻ったわけではありません」

 空気が、張り詰めた。

「……何?」

 ルイスの眉が、わずかに歪む。

「私は、招待を受けた“客”です」

 エレナは、まっすぐに彼を見る。

「それ以上でも、それ以下でもありません」

 ざわめきが、大きくなる。

 アリアが、慌てたように口を挟んだ。

「で、でも……エレナ様。殿下は、あなたを――」

「アリア様」

 エレナは、静かに呼びかけた。

「あなたは、“予知”をお持ちでしたね」

 アリアの顔が、わずかに強張る。

「ええ……未来が、時折、見えるのです」

「では」

 エレナは、穏やかな笑みを浮かべた。

「今日、この場で“何が起きるか”も、ご存じなのですね」

 一瞬の沈黙。

 アリアは、笑顔を崩さぬまま答えた。

「……もちろんですわ」

「そうですか」

 エレナは、頷いた。

「では、楽しみにしております」

 その言葉は、挑発ではない。
 確認だった。

(……逃げ道を、塞いだ)

 ――――――――

 晩餐が進むにつれ、空気は奇妙に熱を帯びていった。
 貴族たちは、笑顔の裏で探り合い、エレナの一挙手一投足を観察している。

 そして――。

「……皆様」

 ルイスが、杯を掲げて立ち上がった。

「本日は、特別な報告があります」

 来た。

 エレナは、背筋を伸ばす。

「我が婚約者――」

 一瞬の間。

「……かつての婚約者、エレナ・フォン・ローレンツを」

 その言い直しに、ざわめきが走る。

「正式に、王家の庇護下に迎え入れることを、ここに宣言する」

 拍手が起こりかけ――止まった。

 エレナが、静かに前へ出たからだ。

「……その宣言」

 澄んだ声が、広間に響く。

「私は、受け取りません」

 凍りつく空気。

「エレナ、君は――」

「殿下」

 エレナは、はっきりと言った。

「迎え入れとは、同意があって初めて成立するものです」

 彼女は、会場を見渡す。

「私は、拒否します」

 その一言で、仮面の晩餐は――音を立てて、軋み始めた。

 仕組まれた舞台の上で、
 エレナは、主役として立っていた。

 もう、操られる存在ではない。
 次に動くのは――彼女の番だった。
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