婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

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第23話 崩れる予言、沈黙という証拠

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第23話 崩れる予言、沈黙という証拠

 張りつめた空気は、簡単には元に戻らなかった。
 エレナの拒否宣言の後、大広間には奇妙な静寂が落ちている。音楽は止まり、杯を掲げていた者たちの手も、宙で固まったままだ。

 ルイスは、すぐには言葉を失わなかった。
 むしろ、余裕の笑みを浮かべたまま、ゆっくりとエレナを見下ろす。

「……拒否、だと?」

「はい」

 エレナの声は、澄んでいた。

「私は、誰の庇護も必要としておりません」

「強がりだな」

 ルイスは、肩をすくめる。

「君は感情的になっている。長旅で疲れているのだろう」

 その言い草に、周囲の貴族たちが小さく頷く。
 “理性的な王太子”と“感情的な女”。
 いつもの構図だ。

「……殿下」

 エレナは、一歩前へ出た。

「感情的かどうかを決めるのは、あなたではありません」

 ざわめきが走る。

「私は、事実を述べています」

 エレナは、視線をアリアへ向けた。

「……そして、事実を語る力を持つ方が、ここにいらっしゃる」

 アリアの肩が、ぴくりと揺れた。

「予知の魔法」

 エレナは、静かに言葉を紡ぐ。

「未来を見通す力。殿下が、あなたを選ばれた理由」

 会場中の視線が、アリアに集まる。

「……ええ」

 アリアは、かすかに微笑んだ。

「私は、殿下の未来を――」

「では」

 エレナは、遮る。

「今、この瞬間の未来を、示してください」

 空気が、凍りついた。

「この晩餐会の“結末”を」

 ざわめきが、一気に大きくなる。

「……それは」

 アリアは、一瞬、言葉に詰まった。

「未来は、常に揺らぐものですから……」

「便利な言葉ですね」

 エレナは、穏やかに微笑んだ。

「では、もっと簡単なことで結構です」

 彼女は、会場の天井を見上げる。

「あなたは、今夜“強い地鳴りが起きる”と、以前おっしゃっていましたね」

 数名の貴族が、はっと息を呑む。

「……確かに、聞いた」

「予言だ」

 囁きが、連鎖する。

 アリアの顔色が、わずかに変わった。

「……それは、比喩で……」

「違います」

 エレナは、きっぱりと言った。

「“今宵、王都を揺るがす地鳴りが起こる”」

 そのままの言葉。

「それが、あなたの予言でした」

 沈黙。
 長く、重い沈黙。

 ――だが。

 床は、揺れない。
 杯も、鳴らない。

 時が、流れる。

 一分。
 二分。

 誰かが、咳払いをした。

「……何も、起きない」

 その一言が、引き金だった。

「……予言は?」

「外れたのか?」

 ざわめきが、疑念へと変わる。

「……偶然ですわ」

 アリアは、笑顔を保とうとする。

「未来は、変わるもの――」

「変わったのではありません」

 エレナは、静かに言った。

「“最初から、なかった”のです」

 空気が、裂ける。

「……何を言っている」

 ルイスが、苛立ちを隠さずに言った。

「アリアは――」

「殿下」

 エレナは、彼を見る。

「予知とは、“起こり得る可能性”ではありません」

 声は、よく通った。

「起こる未来を、確定的に示す力です」

 彼女は、会場を見渡す。

「外れ続ける予言は、予知ではありません」

 ざわめきが、怒涛のように広がる。

「……詐欺では?」

「王太子は、騙されていた?」

 アリアの唇が、震えた。

「ち、違います……私は……」

 言葉が、続かない。

 エレナは、一歩下がった。

「私は、あなたを糾弾するために来たわけではありません」

 その言葉に、意外そうな視線が向けられる。

「ただ」

 エレナは、はっきりと言った。

「この場で、“迎え入れ”を受ける理由がないことを、示しただけです」

 沈黙は、もはや否定ではなかった。

 それは――証拠だった。

 予言が外れた事実。
 言い逃れの連続。
 そして、誰も起きない“未来”。

 ルイスは、言葉を失っていた。

 エレナは、深く息を吸い、背筋を伸ばす。

「私は、王家の庇護も、偽りの予言も、必要としません」

 その声は、強かった。

「ここにいる皆様に、選択を委ねます」

 ざわめきの中で、誰も拍手はしなかった。
 だが――誰も、エレナを否定もしなかった。

 沈黙は、何より雄弁だった。

 仮面は、剥がれ始めている。
 舞台は、確実に――エレナの側へと傾いていた。
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