21 / 32
第21話 王都の影、迎え入れられる罠
しおりを挟む
第21話 王都の影、迎え入れられる罠
王都の城壁が視界に入った瞬間、エレナの呼吸がわずかに浅くなった。
白い石で築かれた高い壁は、記憶の中と何一つ変わらない。それなのに、かつて守られていると信じていたその姿が、今は檻のようにも見えた。
(……戻ってきた)
街道には人の列が絶えず、商人、巡礼者、兵士が入り混じっている。
エレナとカイルは、旅人として目立たぬ装いのまま、その流れに紛れて歩いた。
「……空気が、重いですね」
エレナが小さく呟く。
「ああ」
カイルは、周囲を一瞥しながら答えた。
「動いている。だが……表向きは平穏だ」
それが、何より不穏だった。
城門をくぐると、懐かしい街並みが広がる。石畳、噴水、行き交う貴族の馬車。
だが、視線は確実に集まっていた。
(……噂は、もう届いている)
追放された公爵令嬢。
辺境で癒しの力を振るう女。
王太子に見捨てられた、はずの存在。
「……エレナ様?」
その声に、足が止まる。
振り返ると、王城付きの侍従服を着た男が、驚いた表情で立っていた。
見覚えがある。王太子ルイスの側近の一人だ。
「……本当に、戻られたのですね」
声音は丁寧だが、目は笑っていない。
「……ご用件は」
エレナは、淡々と答えた。
「王太子殿下が、大変ご心配なさっております」
その言葉に、胸の奥が冷える。
「保護、という名目ですか」
侍従は、わずかに目を見開いた。
「……さすがに、お話が早い」
「私は、求めていません」
エレナは、はっきりと言った。
「それでも」
侍従は、一歩前に出る。
「殿下は、正式に“迎え入れ”を表明されるご予定です。公の場で」
――公の場。
エレナは、即座に理解した。
(……逃げ場を塞ぐ気)
婚約破棄をしたのも、公衆の面前。
ならば、連れ戻すのも――同じ場所で。
「……返事は、今でなくとも結構です」
侍従は、薄く笑った。
「ですが、殿下は“拒否される”とは、思っておられません」
その言葉に、カイルが一歩前へ出る。
「……伝えておけ」
低く、鋭い声。
「彼女は、誰の所有物でもない」
侍従は、カイルを一瞥し、鼻で笑った。
「……あなたは?」
「通りすがりだ」
短い答え。
「それ以上、詮索するな」
数秒の沈黙の後、侍従は一礼した。
「……では、また」
その背中が、人混みに消える。
エレナは、静かに息を吐いた。
「……やはり、用意されていますね」
「ああ」
カイルは、即答した。
「迎え入れという名の、囲い込みだ」
エレナは、歩きながら、胸に手を当てる。
(……同情は、切り捨てた)
だが、怒りに任せるのも違う。
「……王城には、行きません」
エレナは、はっきりと言った。
「こちらから出向けば、主導権を渡す」
「なら」
カイルが言う。
「先に、地盤を作れ」
「……地盤」
「味方だ」
その言葉に、エレナは思い当たる。
(……家)
ローレンツ公爵家。
父は、王太子派閥だった。だが――。
「……母は、まだ屋敷にいます」
小さく呟く。
「会うつもりか」
「……はい」
カイルは、止めなかった。
「だが、期待はするな」
「分かっています」
エレナは、頷いた。
「理解されるために行くのではありません」
ただ、告げるために。
――私は、戻った。
――もう、従わない。
――――――――
ローレンツ公爵家の屋敷は、王都でも指折りの規模を誇る。
かつて、エレナが“帰る場所”だと思っていた場所だ。
門前で名を告げると、使用人たちが一瞬、凍りついた。
「……エ、エレナ様……?」
囁きが、連鎖する。
「……ご無沙汰しています」
エレナは、穏やかに言った。
「母に、お会いしたいのですが」
しばらくの沈黙の後、案内される。
広間に入ると、そこにいたのは――母、公爵夫人だった。
変わらぬ姿。
だが、目に宿る光は、以前よりも疲れている。
「……戻ったのね」
その声には、驚きと、安堵と、そして――複雑な感情が混じっていた。
「はい」
エレナは、まっすぐに答えた。
「ご報告があります」
公爵夫人は、ゆっくりと頷く。
「……聞きましょう」
エレナは、一歩前に出た。
「私は、王太子殿下の保護も、迎え入れも、受けません」
空気が、張り詰める。
「そして――」
エレナは、静かに告げた。
「ローレンツ家の都合で、再び差し出されるつもりもありません」
母の瞳が、大きく揺れた。
「……それは」
「通告です」
エレナは、はっきりと言った。
「私は、私の意思で動きます」
沈黙が落ちる。
その重さを、エレナは受け止めた。
(……これが、王都)
甘い言葉と、善意の仮面。
迎え入れという名の罠。
だが――。
(……もう、絡め取られない)
エレナ・フォン・ローレンツは、王都の中心に立っていた。
罠の中に、踏み込む覚悟を持ったまま。
迎え入れられる側ではなく――
切り込む側として。
王都の城壁が視界に入った瞬間、エレナの呼吸がわずかに浅くなった。
白い石で築かれた高い壁は、記憶の中と何一つ変わらない。それなのに、かつて守られていると信じていたその姿が、今は檻のようにも見えた。
(……戻ってきた)
街道には人の列が絶えず、商人、巡礼者、兵士が入り混じっている。
エレナとカイルは、旅人として目立たぬ装いのまま、その流れに紛れて歩いた。
「……空気が、重いですね」
エレナが小さく呟く。
「ああ」
カイルは、周囲を一瞥しながら答えた。
「動いている。だが……表向きは平穏だ」
それが、何より不穏だった。
城門をくぐると、懐かしい街並みが広がる。石畳、噴水、行き交う貴族の馬車。
だが、視線は確実に集まっていた。
(……噂は、もう届いている)
追放された公爵令嬢。
辺境で癒しの力を振るう女。
王太子に見捨てられた、はずの存在。
「……エレナ様?」
その声に、足が止まる。
振り返ると、王城付きの侍従服を着た男が、驚いた表情で立っていた。
見覚えがある。王太子ルイスの側近の一人だ。
「……本当に、戻られたのですね」
声音は丁寧だが、目は笑っていない。
「……ご用件は」
エレナは、淡々と答えた。
「王太子殿下が、大変ご心配なさっております」
その言葉に、胸の奥が冷える。
「保護、という名目ですか」
侍従は、わずかに目を見開いた。
「……さすがに、お話が早い」
「私は、求めていません」
エレナは、はっきりと言った。
「それでも」
侍従は、一歩前に出る。
「殿下は、正式に“迎え入れ”を表明されるご予定です。公の場で」
――公の場。
エレナは、即座に理解した。
(……逃げ場を塞ぐ気)
婚約破棄をしたのも、公衆の面前。
ならば、連れ戻すのも――同じ場所で。
「……返事は、今でなくとも結構です」
侍従は、薄く笑った。
「ですが、殿下は“拒否される”とは、思っておられません」
その言葉に、カイルが一歩前へ出る。
「……伝えておけ」
低く、鋭い声。
「彼女は、誰の所有物でもない」
侍従は、カイルを一瞥し、鼻で笑った。
「……あなたは?」
「通りすがりだ」
短い答え。
「それ以上、詮索するな」
数秒の沈黙の後、侍従は一礼した。
「……では、また」
その背中が、人混みに消える。
エレナは、静かに息を吐いた。
「……やはり、用意されていますね」
「ああ」
カイルは、即答した。
「迎え入れという名の、囲い込みだ」
エレナは、歩きながら、胸に手を当てる。
(……同情は、切り捨てた)
だが、怒りに任せるのも違う。
「……王城には、行きません」
エレナは、はっきりと言った。
「こちらから出向けば、主導権を渡す」
「なら」
カイルが言う。
「先に、地盤を作れ」
「……地盤」
「味方だ」
その言葉に、エレナは思い当たる。
(……家)
ローレンツ公爵家。
父は、王太子派閥だった。だが――。
「……母は、まだ屋敷にいます」
小さく呟く。
「会うつもりか」
「……はい」
カイルは、止めなかった。
「だが、期待はするな」
「分かっています」
エレナは、頷いた。
「理解されるために行くのではありません」
ただ、告げるために。
――私は、戻った。
――もう、従わない。
――――――――
ローレンツ公爵家の屋敷は、王都でも指折りの規模を誇る。
かつて、エレナが“帰る場所”だと思っていた場所だ。
門前で名を告げると、使用人たちが一瞬、凍りついた。
「……エ、エレナ様……?」
囁きが、連鎖する。
「……ご無沙汰しています」
エレナは、穏やかに言った。
「母に、お会いしたいのですが」
しばらくの沈黙の後、案内される。
広間に入ると、そこにいたのは――母、公爵夫人だった。
変わらぬ姿。
だが、目に宿る光は、以前よりも疲れている。
「……戻ったのね」
その声には、驚きと、安堵と、そして――複雑な感情が混じっていた。
「はい」
エレナは、まっすぐに答えた。
「ご報告があります」
公爵夫人は、ゆっくりと頷く。
「……聞きましょう」
エレナは、一歩前に出た。
「私は、王太子殿下の保護も、迎え入れも、受けません」
空気が、張り詰める。
「そして――」
エレナは、静かに告げた。
「ローレンツ家の都合で、再び差し出されるつもりもありません」
母の瞳が、大きく揺れた。
「……それは」
「通告です」
エレナは、はっきりと言った。
「私は、私の意思で動きます」
沈黙が落ちる。
その重さを、エレナは受け止めた。
(……これが、王都)
甘い言葉と、善意の仮面。
迎え入れという名の罠。
だが――。
(……もう、絡め取られない)
エレナ・フォン・ローレンツは、王都の中心に立っていた。
罠の中に、踏み込む覚悟を持ったまま。
迎え入れられる側ではなく――
切り込む側として。
1
あなたにおすすめの小説
白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です
鍛高譚
恋愛
――私の結婚は、愛も干渉もない『白い結婚』のはずでした。
侯爵令嬢クレスタは王太子アレクシオンから一方的に婚約破棄を告げられ、冷徹と名高い辺境伯ジークフリートと政略結婚をすることに。 しかしその結婚には、『互いに干渉しない』『身体の関係を持たない』という特別な契約があった。
形だけの夫婦を続けながらも、ジークフリートの優しさや温もりに触れるうち、クレスタの傷ついた心は少しずつ癒されていく。 一方で、クレスタを捨てた王太子と平民の少女ミーナは『真実の愛』を声高に叫ぶが、次第にその実態が暴かれ、彼らの運命は思わぬ方向へと転落していく。
やがて訪れるざまぁな展開の先にあるのは、真実の愛によって結ばれる二人の未来――。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~
深山きらら
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。
灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。
捨てられた公爵令嬢は氷の宰相に愛されすぎて困っています 〜婚約破棄の果てに見つけた真実の愛〜
nacat
恋愛
婚約者の王太子に「平民上がりの令嬢が」と断罪された公爵令嬢・リリアーナ。
居並ぶ貴族の前で婚約破棄を告げられ、家を追放された彼女の前に現れたのは、氷の宰相と恐れられる冷徹な美貌の青年、アラン・グレイス。
無表情で冷たいと噂された彼が見せたのは、誰も知らないほど深い優しさと狂おしいほどの独占欲だった。
最果ての領地で始まる、ざまぁと溺愛の逆転劇。
そして、王国を揺るがす陰謀の真実が明らかになるとき、二人の愛はすべてを変える――。
無能と婚約破棄された公爵令嬢ですが、冷徹皇帝は有能より“無害”を選ぶそうです
鷹 綾
恋愛
「君は普通だ。……いや、普通以下だ」
王太子にそう言われ、婚約を破棄された公爵令嬢フォウ。
王国でも屈指の有能一族に生まれながら、彼女だけは“平凡”。
兄は天才、妹は可憐で才色兼備、両親も社交界の頂点――
そんな家の中で「普通」は“無能”と同義だった。
王太子が選んだのは、有能で華やかな妹。
だがその裏で、兄は教会を敵に回し、父は未亡人の名誉を踏みにじり、母は国家機密を売り、妹は不貞を重ね、そして王太子は――王を越えようとした。
越えた者から崩れていく。
やがて王太子は廃嫡、公爵家は解体。
ただ一人、何も奪わず、何も越えなかったフォウだけが切り離される。
そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き冷徹皇帝。
「有能は制御が難しい。無害のほうが使える」
駒として選ばれたはずの“無能な令嬢”。
けれど――
越えなかった彼女こそ、最後まで壊れなかった。
悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~
糸烏 四季乃
恋愛
「ベアトリス・ガルブレイス公爵令嬢との婚約を破棄する!」
「殿下、その言葉、七年お待ちしておりました」
第二皇子の婚約者であるベアトリスは、皇子の本気の恋を邪魔する悪女として日々蔑ろにされている。しかし皇子の護衛であるナイジェルだけは、いつもベアトリスの味方をしてくれていた。
皇子との婚約が解消され自由を手に入れたベアトリスは、いつも救いの手を差し伸べてくれたナイジェルに恩返しを始める! ただ、長年悪女を演じてきたベアトリスの物事の判断基準は、一般の令嬢のそれとかなりズレている為になかなかナイジェルに恩返しを受け入れてもらえない。それでもどうしてもナイジェルに恩返しがしたい。このドッキンコドッキンコと高鳴る胸の鼓動を必死に抑え、ベアトリスは今日もナイジェルへの恩返しの為奮闘する!
規格外で少々常識外れの令嬢と、一途な騎士との溺愛ラブコメディ(!?)
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』
鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがないから、婚約破棄する」――
王太子アルヴィスから突然告げられた、理不尽な言葉。
令嬢リオネッタは涙を流す……フリをして、内心ではこう叫んでいた。
(やった……! これで自由だわーーーッ!!)
実家では役立たずと罵られ、社交界では張り付いた笑顔を求められる毎日。
だけど婚約破棄された今、もう誰にも縛られない!
そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き伯爵家――
「干渉なし・自由尊重・離縁もOK」の白い結婚を提案してくれた、令息クリスだった。
温かな屋敷、美味しいご飯、優しい人々。
自由な生活を満喫していたリオネッタだったが、
王都では元婚約者の評判がガタ落ち、ざまぁの嵐が吹き荒れる!?
さらに、“形式だけ”だったはずの婚約が、
次第に甘く優しいものへと変わっていって――?
「私はもう、王家とは関わりません」
凛と立つ令嬢が手に入れたのは、自由と愛と、真の幸福。
婚約破棄が人生の転機!? ざまぁ×溺愛×白い結婚から始まる、爽快ラブファンタジー!
---
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる