婚約破棄された公爵令嬢ですが、王太子を破滅させたあと静かに幸せになります

ふわふわ

文字の大きさ
25 / 32

第25話 追い詰められた牙、静かな包囲網

しおりを挟む
第25話 追い詰められた牙、静かな包囲網

 夜明け前の王都は、奇妙な静けさに包まれていた。
 昨夜の晩餐会から一夜。街路にはいつもより兵の姿が多く、巡回の足音が規則正しく響いている。

(……来る)

 エレナは、屋敷の二階の窓からその様子を見下ろし、静かに息を整えた。
 忠誠が綻び、支持が揺らいだ。ならば、次に選ばれるのは――力による解決。

「……予想通りだ」

 背後で、カイルが低く言う。

「包囲は、まだ緩い。だが、時間の問題だ」

 エレナは、振り返らずに答えた。

「王太子殿下は……追い詰められると、早い方ですから」

 皮肉ではない。
 事実だ。

 ルイスは、対話や譲歩を選ぶ人間ではなかった。
 選ぶのは、常に“奪う”という手段。

 ――――――――

 朝食の席で、屋敷に一通の通達が届いた。

『王太子殿下の命により、ローレンツ公爵家は当面の間、外出を控えること。
 なお、エレナ・フォン・ローレンツに関しては、王城にて“事情聴取”を行う』

 事情聴取。
 その言葉に、屋敷の空気が凍りつく。

「……実質、軟禁ですね」

 公爵夫人が、低く呟いた。

 エレナは、落ち着いていた。

「予想の範囲内です」

「エレナ……」

 母は、言葉を探す。

「王城へ行けば、何をされるか……」

「分かっています」

 エレナは、はっきりと言った。

「だから――行きません」

 公爵夫人が、目を見開く。

「……拒否、するの?」

「ええ」

 エレナは、視線を上げた。

「私は、犯罪者ではありません。事情聴取に応じる義務もありません」

 それは、法的にも正しい主張だった。
 だが――相手は、王太子だ。

「……強行される」

 カイルが、短く言う。

「だから、先に動きます」

 エレナは、静かに告げた。

 ――――――――

 昼過ぎ、屋敷の周囲にいた兵の数が、明らかに増えた。
 だが、その配置はどこか中途半端だ。

(……急ごしらえ)

 エレナは、内部から見ていた。

「本気の包囲ではありません」

「牽制だ」

 カイルが答える。

「抵抗しなければ、そのまま連行するつもりだった」

「……なら」

 エレナは、深く息を吸った。

「抵抗しません。ただし――こちらの形で」

 彼女は、テーブルに広げた紙束を指さした。

 それは、晩餐会の後、一晩かけて整理した資料だった。
 予言を根拠に行われた政策判断の一覧。
 その結果と、記録。
 そして、証言を得られた貴族たちの名。

「……包囲網は、外だけじゃない」

 エレナは、静かに言う。

「内側から、崩します」

 カイルは、わずかに口角を上げた。

「……やる気だな」

「ええ」

 エレナは、迷いなく答えた。

「奪われる前に、選択肢を奪います」

 ――――――――

 夕刻。
 王都の別の屋敷で、小さな集まりが開かれていた。

 表向きは、私的な茶会。
 だが、集まっているのは、昨夜の晩餐会で沈黙を選んだ貴族たちだ。

「……まさか、ここまでとは」

「王太子は、焦っている」

「このままでは……」

 ざわめく中、扉が開く。

 エレナが、静かに入室した。

「……お時間をいただき、ありがとうございます」

 その場にいた者たちが、息を呑む。

「私は、味方を集めに来たのではありません」

 エレナは、はっきりと言った。

「判断材料を、お渡しに来ただけです」

 彼女は、資料を机に置く。

「予言を根拠に行われた決定。
 その結果と、責任の所在」

 一人、また一人と、紙に目を落とす。

「……これは」

「……まずい」

 声が、低く漏れる。

「私は、王太子殿下を裁く立場ではありません」

 エレナは、穏やかに続けた。

「ですが――皆様には、選ぶ権利があります」

 沈黙。

 だが、それは――拒絶ではなかった。

 ――――――――

 夜。
 屋敷へ戻る馬車の中で、エレナは目を閉じた。

(……包囲網は、動き始めた)

 外側からの圧。
 内側からの疑念。

 追い詰められているのは――どちらなのか。

「……次は、強く来る」

 カイルが、低く言う。

「ええ」

 エレナは、頷いた。

「だからこそ……逃げ場を、用意しません」

 彼女は、窓の外の王都を見つめる。

 静かな夜。
 だが、その下で――牙は、確かに剥かれていた。

 エレナ・フォン・ローレンツは、包囲されている。
 だが同時に――王太子もまた、見えない網に絡め取られ始めていた。

 静かな包囲網は、もう――完成に近い。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

婚約破棄を「奪った側」から見たならば ~王子、あなたの代わりはいくらでもいます~

フーラー
恋愛
王子が「真実の愛」を見つけて婚約破棄をする物語を「奪ったヒロイン側」の視点で『チート相手に勝利する』恋愛譚。 舞台は中世風ファンタジー。 転生者である貴族の娘『アイ』は、前世から持ち込んだ医療や衛生の知識を活かして、世界一の天才研究家として名を馳せていた。 だが、婚約者の王子ソームはそれを快く思っていなかった。 彼女のその活躍こそ目覚ましかったが、彼が求めていたのは『優秀な妻』ではなく、自分と時間を共有してくれる『対等なパートナー』だったからだ。 だが、それを周りに行っても「彼女の才能に嫉妬している」と嘲笑されることがわかっていたため、口に出せなかった。 一方のアイも、もともと前世では『本当の意味でのコミュ障』だった上に、転生して初めてチヤホヤされる喜びを知った状態では、王子にかまける余裕も、彼の内面に目を向ける意識もなかった。 そんなときに王子は、宮廷道化師のハーツに相談する。 「私にアイ様のような才能はないですが、王子と同じ時間は過ごすことは出来ます」 そういった彼女は、その王子をバカにしながらも、彼と一緒に人生を歩く道を模索する。 それによって、王子の心は揺れ動いていくことになる。 小説家になろう・カクヨムでも掲載されています! ※本作を執筆するにあたりAIを補助的に利用しています

【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

お前との婚約は、ここで破棄する!

ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」  華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。  一瞬の静寂の後、会場がどよめく。  私は心の中でため息をついた。

【完結】「めでたし めでたし」から始まる物語

つくも茄子
恋愛
身分違の恋に落ちた王子様は「真実の愛」を貫き幸せになりました。 物語では「幸せになりました」と終わりましたが、現実はそうはいかないもの。果たして王子様と本当に幸せだったのでしょうか? 王子様には婚約者の公爵令嬢がいました。彼女は本当に王子様の恋を応援したのでしょうか? これは、めでたしめでたしのその後のお話です。 番外編がスタートしました。 意外な人物が出てきます!

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

婚約破棄をされるのですね? でしたらその代償を払っていただきます

柚木ゆず
恋愛
「フルール・レファネッサル! この時を以てお前との婚約を破棄する!!」  私フルールの婚約者であるラトーレルア侯爵令息クリストフ様は、私の罪を捏造して婚約破棄を宣言されました。  クリストフ様。貴方様は気付いていないと思いますが、そちらは契約違反となります。ですのでこれから、その代償を払っていただきますね。

処理中です...