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第三十六話 小さな依頼と、戻ってくる確信
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第三十六話 小さな依頼と、戻ってくる確信
地元の学校行事向けの依頼は、思っていたより早く形になった。
「……この量で、いいんですね」
シオンが、最終確認をしながら言う。
「ええ」
リリカは、依頼書を見て頷く。
「焼き菓子三種、包装は簡易。装飾なし」
「……商売としては、小さいな」
「ええ」
否定はしない。
「ですが、“意味”は大きいです」
焼き上がった菓子は、いつもより素朴だった。
特別な配合も、特別な形もない。
ただ、いつも通りの基準で、丁寧に作られている。
「……これで、いい」
シオンが、静かに言う。
当日。
学校の中庭は、賑やかだった。
「……あ、これ!」
「この前、お店で買ったやつだ!」
子どもたちの声は、正直だ。
「……高いの?」
「分かんない。でも、美味しい」
それだけで、十分だった。
夕方、戻ってきた報告は短い。
「……全部、なくなりました」
「苦情は?」
「ありません」
むしろ――
「“また来年も頼めますか”と」
工房の中に、静かな空気が流れる。
「……来年、か」
シオンが、ぽつりと呟く。
「ええ」
リリカは、穏やかに言う。
「“続く”という前提で、話をされています」
その夜。
二人は、いつものように並んで座っていた。
「……派手じゃないな」
「ええ」
リリカは、微笑む。
「ですが、今日の仕事は、“戻らない”選択を正解にします」
「……どういう意味だ」
「王城を断った後でも」
彼女は、静かに続ける。
「必要とされる場所は、残るということです」
翌日。
地方の店から、続けて連絡が入った。
「……“学校の菓子、あれ、ここで作ったんだろ?”」
「……話、早いな」
「“うちでも、そういうの出来ないか”」
数量は少ない。
条件も厳しくない。
「……仕事、増えるな」
「ええ」
リリカは、帳簿に書き込む。
「ですが、“無理のない増え方”です」
昼過ぎ。
見習いの一人が、少し照れたように言う。
「……今日の仕事、楽しかったです」
「そうか」
シオンは、短く答える。
「派手じゃないけど」
「……続けられる仕事だ」
その言葉に、リリカは小さく息を吐いた。
(これで、いい)
夕方。
商業評議会から、久しぶりに連絡が入る。
「……“最近、動きが読めない”だそうです」
「ええ」
リリカは、淡々と答える。
「それでいいのです」
読めないということは、
管理しづらいということ。
夜。
工房の灯りを落とす前、シオンが言った。
「……少し、戻ってきたな」
「何がですの?」
「手応えだ」
彼は、生地を触った指を見つめる。
「派手な話を断って、細かい仕事を拾って……」
そして、顔を上げる。
「……間違ってなかった」
リリカは、その言葉に静かに頷いた。
「ええ」
「むしろ」
シオンは、少しだけ笑う。
「ようやく、“俺たちの速度”に戻った」
工房の外は、夜風が静かだ。
大きな流れから外れた分、
小さな流れが、確かに集まり始めている。
それは、すぐに大きな成果にはならない。
だが――
戻ってきた確信は、
もう二度と、手放す必要がなかった。
地元の学校行事向けの依頼は、思っていたより早く形になった。
「……この量で、いいんですね」
シオンが、最終確認をしながら言う。
「ええ」
リリカは、依頼書を見て頷く。
「焼き菓子三種、包装は簡易。装飾なし」
「……商売としては、小さいな」
「ええ」
否定はしない。
「ですが、“意味”は大きいです」
焼き上がった菓子は、いつもより素朴だった。
特別な配合も、特別な形もない。
ただ、いつも通りの基準で、丁寧に作られている。
「……これで、いい」
シオンが、静かに言う。
当日。
学校の中庭は、賑やかだった。
「……あ、これ!」
「この前、お店で買ったやつだ!」
子どもたちの声は、正直だ。
「……高いの?」
「分かんない。でも、美味しい」
それだけで、十分だった。
夕方、戻ってきた報告は短い。
「……全部、なくなりました」
「苦情は?」
「ありません」
むしろ――
「“また来年も頼めますか”と」
工房の中に、静かな空気が流れる。
「……来年、か」
シオンが、ぽつりと呟く。
「ええ」
リリカは、穏やかに言う。
「“続く”という前提で、話をされています」
その夜。
二人は、いつものように並んで座っていた。
「……派手じゃないな」
「ええ」
リリカは、微笑む。
「ですが、今日の仕事は、“戻らない”選択を正解にします」
「……どういう意味だ」
「王城を断った後でも」
彼女は、静かに続ける。
「必要とされる場所は、残るということです」
翌日。
地方の店から、続けて連絡が入った。
「……“学校の菓子、あれ、ここで作ったんだろ?”」
「……話、早いな」
「“うちでも、そういうの出来ないか”」
数量は少ない。
条件も厳しくない。
「……仕事、増えるな」
「ええ」
リリカは、帳簿に書き込む。
「ですが、“無理のない増え方”です」
昼過ぎ。
見習いの一人が、少し照れたように言う。
「……今日の仕事、楽しかったです」
「そうか」
シオンは、短く答える。
「派手じゃないけど」
「……続けられる仕事だ」
その言葉に、リリカは小さく息を吐いた。
(これで、いい)
夕方。
商業評議会から、久しぶりに連絡が入る。
「……“最近、動きが読めない”だそうです」
「ええ」
リリカは、淡々と答える。
「それでいいのです」
読めないということは、
管理しづらいということ。
夜。
工房の灯りを落とす前、シオンが言った。
「……少し、戻ってきたな」
「何がですの?」
「手応えだ」
彼は、生地を触った指を見つめる。
「派手な話を断って、細かい仕事を拾って……」
そして、顔を上げる。
「……間違ってなかった」
リリカは、その言葉に静かに頷いた。
「ええ」
「むしろ」
シオンは、少しだけ笑う。
「ようやく、“俺たちの速度”に戻った」
工房の外は、夜風が静かだ。
大きな流れから外れた分、
小さな流れが、確かに集まり始めている。
それは、すぐに大きな成果にはならない。
だが――
戻ってきた確信は、
もう二度と、手放す必要がなかった。
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