派手にしない工房は、今日もちゃんと続いている

ふわふわ

文字の大きさ
36 / 44

第三十七話 重なる日常と、静かな選別

しおりを挟む
第三十七話 重なる日常と、静かな選別

 学校行事の依頼から、一週間。

 工房の朝は、以前よりも少しだけ賑やかになっていた。
 だが、慌ただしさはない。

「……今日は、三件か」

 シオンが、注文票を確認する。

「ええ」

 リリカは、帳簿に目を落としたまま答える。

「学校関連が一件、地方の小売店が二件。すべて少量です」

「……全部、似たような規模だな」

「意図的に、そうなっています」

 どれも大きくはない。
 だが、どれも“続く前提”の依頼だ。

 作業は、淡々と進む。

 見習いたちは、無言で動く。
 以前のような緊張はないが、集中は高い。

「……判断、速くなりましたね」

 見習いの一人が、ぽつりと言う。

「何がだ」

「工程の切り替えです」

 シオンは、少し考えてから答える。

「慣れただけだ」

「……違うと思います」

 見習いは、首を振る。

「“やらないこと”が、決まってるからです」

 その言葉に、シオンは一瞬だけ手を止め、やがて小さく頷いた。

「……そうかもしれんな」

 午前中。

 工房の扉が開き、見知らぬ男が入ってきた。

「……話を、聞いてほしい」

 名刺も出さない。
 だが、言葉遣いは丁寧だ。

「要件は?」

 リリカが、端的に聞く。

「……うちも、焼き菓子を扱っている」

 男は、少し言いにくそうに続ける。

「正直に言う。“シオン風”で売っていた」

 工房の空気が、わずかに張る。

「……今は?」

 リリカは、表情を変えない。

「やめた」

 男は、深く頭を下げた。

「続かなかった。客が、戻らなかった」

 沈黙。

「……で?」

 シオンが、低く促す。

「教えてほしい」

 男は、真っ直ぐに言った。

「配合じゃない。考え方を」

 一瞬、時間が止まったように感じられた。

「……断る」

 答えたのは、シオンだった。

 即答だった。

「……理由を、聞かせてもらえますか」

「今、聞いた」

 シオンは、男を見る。

「続かなかった、と言ったな」

「……はい」

「なら、理由は分かってるはずだ」

 男は、言葉を失う。

「考え方は、教えられる」

 シオンは、静かに続ける。

「だが、続ける覚悟がないと、意味がない」

「……あります」

「あるなら」

 彼は、首を横に振った。

「自分で探せ」

 男は、何も言えず、深く頭を下げて去っていった。

 扉が閉まった後。

「……冷たくありませんか」

 見習いの一人が、小さく聞く。

「冷たい」

 シオンは、否定しない。

「だが、必要だ」

「ええ」

 リリカが、静かに言う。

「助けると、依存になります」

 午後。

 地方の店から、連絡が入る。

「……“少し、間隔を空けたい”」

「理由は?」

「“他も試したい”と」

 リリカは、短く頷く。

「承知しました、と返してください」

「……いいんですか」

「ええ」

 彼女は、迷わない。

「比べた後に戻るかどうかは、先方の判断です」

 夜。

 二人は、いつものように並んで座っていた。

「……今日は、断ったな」

 シオンが、ぽつりと言う。

「ええ」

 リリカは、頷く。

「ですが、切ってはいません」

「……違いは?」

「戻る余地を、残しているかどうかです」

 シオンは、しばらく黙り込み、やがて息を吐いた。

「……選別、だな」

「ええ」

 リリカは、静かに答える。

「派手に選ぶのではなく、日常の中で、自然に」

 翌朝。

 工房の前には、いつもの顔ぶれ。

 数は少ない。
 だが、足取りは迷いがない。

「……減らないな」

「ええ」

 リリカは、穏やかに言う。

「“合わない人”が、自然に離れているだけです」

 選ばない。
 押し付けない。
 だが、譲らない。

 その姿勢が、静かに効いている。

 シオンは、火を入れながら思う。

 ――これは、拡大ではない。
 ――縮小でもない。

 重なり合う日常の中で、
 自然に残るものだけが、残っていく。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...