派手にしない工房は、今日もちゃんと続いている

ふわふわ

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第三十五話 断った代償と、動き出す余白

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第三十五話 断った代償と、動き出す余白

 王城行事を断ってから、数日。

 工房の朝は、いつも通りに始まっていた。
 火を入れ、温度を確かめ、生地に触れる。

 だが、どこかに――“来るものが来る前”の静けさがあった。

「……まだ、何もないな」

 シオンが、低く呟く。

「ええ」

 リリカは、帳簿を閉じる。

「断った直後は、たいてい静かです」

「嵐の前、ってやつか」

「ええ」

 その予感は、昼前に現実になった。

 商業評議会からの連絡。
 短く、事務的な文面。

【王城関連行事への参加辞退を受け、
 当工房の優先案件指定を解除する】

「……来たな」

 シオンは、書面を見て息を吐く。

「ええ」

 リリカは、淡々と頷いた。

「“特別扱いはしない”という宣言です」

「……痛いか」

「影響は、あります」

 隠さない。

「ですが、致命的ではありません」

 午後。

 実際に、その影響は形になった。

「……輸送枠、後回しにされたみたいです」

「倉庫の使用料、少し上がってます」

 見習いたちの報告が続く。

「……細かいな」

「ええ」

 リリカは、静かに言う。

「ですが、想定内です」

 その日のうちに、帳簿が書き換えられる。
 輸送経路を一部変更し、出荷日をずらす。

「……効率、落ちてるな」

「ええ」

 リリカは、肯定する。

「ですが、“自分たちで決められる余地”が増えました」

「……余地?」

「はい」

 彼女は、地図を広げる。

「これまで使っていなかった、地方の共同輸送です」

「……時間は、かかるぞ」

「ええ」

 だが、彼女は続ける。

「王城基準ではない分、干渉されません」

 その言葉に、シオンは少し考え、やがて頷いた。

「……なるほどな」

 夜。

 二人は、いつものように並んで座っていた。

「……代償、出たな」

「ええ」

 リリカは、静かに答える。

「ですが、支配ではありません」

「……違いは?」

「こちらが、選んで払っていることです」

 シオンは、しばらく黙り込み、やがて小さく笑った。

「……確かに」

 翌日。

 地方の店から、一本の手紙が届く。

「……“王城の話、断ったそうですね”」

「……噂、早いな」

「“それで、安心した”……だそうです」

 シオンが、目を細める。

「……安心?」

「ええ」

 リリカは、静かに言う。

「“遠くへ行かない”と、分かったからでしょう」

 午後。

 工房に、小さな依頼が舞い込む。

「……地元の学校行事?」

「ええ」

 リリカは、内容を確認する。

「量は少ない。予算も大きくありません」

「……やるか」

「ええ」

 即答だった。

「こういう依頼は、断る理由がありません」

 派手さはない。
 名誉もない。

 だが、現場に合っている。

 夕方。

 見習いの一人が、ぽつりと言う。

「……大きい話、減りましたね」

「ええ」

 シオンは、頷く。

「その代わり」

 彼は、生地を見つめる。

「自分たちの手が、届く範囲がはっきりした」

 夜。

 工房の灯りを落とす前、リリカが静かに言った。

「……王城を断ったことで、道は狭くなりました」

「……ああ」

「ですが」

 彼女は、少しだけ微笑む。

「一本道ではなくなりました」

 シオンは、その言葉を噛みしめる。

「……余白、ってやつか」

「ええ」

 リリカは、頷いた。

「大きな流れから外れた分、小さな流れが見えます」

 断った代償は、確かにある。
 だが、それは切り捨てではない。

 縛られないために、支払った代価だ。

 工房は、今日も火を入れる。

 派手な場所には、もう戻れない。
 だが――

 静かに広がる余白の中で、
 本当にやるべき仕事が、ようやく見え始めていた。
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