『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

文字の大きさ
39 / 41

第38話 見られる側へ

しおりを挟む
第38話 見られる側へ

最初の兆しは、
一通の書簡だった。

差出人は、
南方交易連合。

王国の外に拠点を持つ、
複数の大商会が連なる組織だ。

> 「貴国で運用されている
孤児院制度について、
視察の許可を願いたい」



文面は、
礼儀正しい。

だが、
その裏にある意味は明確だった。

(……国内の話では、
なくなった)


---

「お嬢様」

執事が、
慎重に言う。

「王家を通さず、
直接来ています」

「ええ」

ノエリアは頷いた。

「様子見、
というより」

「測りに来ている」


---

返書は、
即日出した。

> 「視察は可能です。
ただし、
特別扱いは致しません」



それ以上も、
それ以下もない。


---

数日後。

王家からも、
連絡が入った。

「……外から、
注目されていますね」

王太子クラウスの声は、
どこか苦笑を含んでいた。

「ええ」

「止める理由が、
減りました」

「その代わり」

一拍。

「利用される可能性が、
増えた」


---

視察当日。

屋敷ではなく、
現場を指定した。

西方準伯領の分院。

畑。
工房。
教室。

すべて、
日常のまま。


---

迎えたのは、
三名。

商会代表。
記録係。
そして、
観察役。

質問は、
思った以上に具体的だった。


---

「教育期間は?」

「段階制です」

「成果の評価方法は?」

「数値と、
現場評価の併用です」

「離脱率は?」

「想定内です」


---

「……感情的な支援は?」

一瞬、
空気が止まる。

ノエリアは、
即答しなかった。


---

「最低限は、
あります」

「ですが」

「感情を、
制度に組み込みません」

「それは、
人に委ねる部分です」

視察団は、
小さく頷いた。


---

工房で。

一人の若者が、
視察団の質問に答える。

孤児院出身だ。

「怖くないですか?」

商会代表が尋ねる。

「失敗したら?」

若者は、
少し考えて答えた。


---

「……怖いです」

正直な声。

「でも」

「失敗しても、
戻る場所があります」

「だから、
やれます」

ノエリアは、
何も言わなかった。

それで、
十分だった。


---

視察の終わり。

商会代表が、
率直に言う。

「興味深い制度です」

「労働力の確保としても」

「社会安定策としても」

「……危うさも、
ありますが」


---

「分かっています」

ノエリアは答える。

「制御できなければ、
崩れます」

「それでも?」

「ええ」

「だから、
外に広げません」


---

「……自国だけで?」

「少なくとも」

「私が関与する限りは」

商会代表は、
それ以上踏み込まなかった。


---

帰路。

ノエリアは、
一つの事実を噛み締めていた。

(……評価され始めた)

だが、
それは祝福ではない。

選別の始まりだ。


---

屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。

子猫たちは、
相変わらず無秩序に転がっている。

「……見られる側に
なったわね」

猫は、
欠伸をする。


---

夜。

執事が、
静かに言った。

「国外からの視察は、
初めてです」

「ええ」

「これから、
増えるでしょう」


---

「不安は?」

少し考える。

「あります」

正直に答える。

「でも」

「怖いから止めるなら」

「最初から、
やっていません」


---

窓辺で、
夜風に当たる。

孤児院。
制度。
評価。

どれも、
もう彼女一人のものではない。


---

「……それでも」

独り言のように呟く。

「手放さない」

主導権だけは。


---

猫が、
足元で丸くなる。

子猫たちは、
眠っている。

制度は、
生きている。

そして今、
外から見られている。


---

ノエリアは、
灯りを落とした。

次は、
選ばれる話ではない。

選ばせる話が、
始まろうとしていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された際もらった慰謝料で田舎の土地を買い農家になった元貴族令嬢、野菜を買いにきたベジタリアン第三王子に求婚される

さら
恋愛
婚約破棄された元伯爵令嬢クラリス。 慰謝料代わりに受け取った金で田舎の小さな土地を買い、農業を始めることに。泥にまみれて種を撒き、水をやり、必死に生きる日々。貴族の煌びやかな日々は失ったけれど、土と共に過ごす穏やかな時間が、彼女に新しい幸せをくれる――はずだった。 だがある日、畑に現れたのは野菜好きで有名な第三王子レオニール。 「この野菜は……他とは違う。僕は、あなたが欲しい」 そう言って真剣な瞳で求婚してきて!? 王妃も兄王子たちも立ちはだかる。 「身分違いの恋」なんて笑われても、二人の気持ちは揺るがない。荒れ地を畑に変えるように、愛もまた努力で実を結ぶのか――。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

処理中です...