『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ

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第37話 残ったあとに

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第37話 残ったあとに

評議会の決定が公示された翌朝、
ノエリアはいつもより早く屋敷を出た。

行き先は、
西方準伯領の孤児院分院。

誰かに呼ばれたわけではない。
自分で行くと決めただけだ。


---

現地は、
驚くほど静かだった。

騒ぎも、
歓声もない。

畑では、
いつも通り子供たちが作業をしている。

工房では、
若者たちが黙々と手を動かしていた。

「……日常ね」

ノエリアは、
小さく呟いた。


---

迎えに出たのは、
分院長だった。

「お越しになるとは
思っていませんでした」

「ええ」

「でも、
来るべきだと思いました」


---

視線が、
自然と一人の少年に向く。

第34話の帳簿ミスを起こした、
あの少年だ。

彼は、
今は現場補助に戻っている。

声をかけるべきか、
迷う必要はなかった。


---

「……調子は?」

ノエリアが問う。

少年は、
一瞬だけ驚いた顔をして、
すぐに頭を下げた。

「はい」

「……以前より、
分かります」

「何が?」

「自分が、
分かっていなかったことです」

ノエリアは、
それ以上聞かなかった。

それで、十分だった。


---

分院長が、
少し言いにくそうに口を開く。

「実は……
評議会の決定が出てから」

「数名、
辞めたいと言い出しました」

「孤児院出身の?」

「いえ」

「既存職の方です」

ノエリアは、
頷いた。

(……予想通り)


---

「理由は?」

「“競争が厳しくなった”と」

「“安心して働けない”と」

それもまた、
責められない感情だった。


---

「引き留めましたか?」

「いえ」

分院長は、
首を横に振った。

「無理に残しても、
歪みが出ます」

ノエリアは、
その判断を評価した。


---

「お嬢様」

分院長が続ける。

「孤児院出身の子供たちは」

「……少し、
不安そうです」

「自分たちのせいで、
騒ぎが起きたのではないか、と」

ノエリアは、
一瞬だけ目を伏せた。


---

「違います」

即答だった。

「騒ぎは、
制度が広がったから起きた」

「あなたたちの存在は、
原因ではありません」

「結果です」


---

昼過ぎ。

子供たちと、
簡素な食事を取る。

パンと、
スープ。

以前と、
何も変わらない。

だが、
空気は違う。


---

「……お嬢様」

一人の少女が、
おそるおそる声をかける。

「また、
止められますか?」

ノエリアは、
スプーンを置いた。


---

「止められる可能性は、
あります」

正直に答える。

ざわつく。


---

「でも」

続ける。

「止められない理由も、
増えています」

「それは、
あなたたちが
ここで生きているから」


---

少女は、
少しだけ安心した顔をした。

それを見て、
ノエリアは思う。

(……制度は、
人を不安にさせてもいる)


---

帰路。

馬車の中で、
ノエリアは考えていた。

(守れたのは、
枠組みだけ)

(信頼は、
これから積み上げるもの)


---

屋敷に戻ると、
猫が迎えに来た。

子猫たちは、
相変わらず足元で転がる。

「……重たい一日だったわ」

猫は、
答えない。


---

夜。

執事が、
静かに言った。

「お嬢様は、
疲れていらっしゃいますね」

「ええ」

「思っていたより、
ずっと」


---

「それでも」

執事は、
続ける。

「皆、
お嬢様を信じています」

ノエリアは、
少しだけ笑った。


---

「信じられるのは、
光栄ね」

「でも」

「信じられる立場は、
楽ではないわ」


---

灯りを落とす前、
窓を開ける。

夜風が、
静かに流れ込む。

「……残ったあとが、
一番大変」

独り言のように呟く。


---

猫が、
膝に乗る。

子猫たちは、
丸くなって眠っている。

孤児院は、
今日も動いている。

制度も、
生きている。


---

ノエリアは、
目を閉じた。

守るとは、
決定を得ることではない。
続ける覚悟を、
毎日更新することだ。

それを、
ようやく理解し始めていた。


---

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