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第19話 個人的な手紙
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第19話 個人的な手紙
それは、公的文書ではなかった。
朝の業務が一段落した頃、宿舎の管理人が、ひどく言いづらそうな顔で封筒を差し出してきた。
「……ミディア様。差出人が、個人名でして」
白い封筒。
簡素だが、紙質は良い。
王都で使われているものだと、すぐに分かる。
「ありがとうございます」
ミディア・バイエルンは、表情を変えずに受け取った。
差出人の名を見た瞬間、胸の奥で、ほんのわずかな波が立つ。
――アルトゥール。
王太子としての肩書きは、書かれていない。
ただの、個人名。
「……なるほど」
小さく呟き、椅子に腰を下ろす。
封を切るまで、少し時間がかかった。
中の文面は、丁寧だった。
あまりにも、丁寧すぎるほどに。
――突然の手紙を許してほしい。
――辺境での活躍は、王都でも話題になっている。
――君の能力を、改めて評価している。
――もし可能なら、一度、話がしたい。
どこにも、命令はない。
だが、そこには明確な前提があった。
――話す場所は、王都。
――立場は、かつての延長線上。
「……遅いですね」
ミディアは、感情を込めずに呟いた。
手紙を読み終えても、怒りも、悲しみも湧いてこない。
ただ、理解だけがあった。
――この人は、まだ分かっていない。
自分が「去った理由」を。
そして、「戻らない理由」を。
昼前、アイロス・アルツハイムが執務室を訪れた。
「……何かありましたか」
ミディアの机の上に置かれた封筒を見て、察したのだろう。
「個人的な手紙です」
そう言って、差し出す。
アイロスは、一読し、眉をひそめることもなく、静かに返した。
「王太子、ですね」
「ええ」
「返事は?」
「まだです」
ミディアは、正直に答える。
「ですが、返さないという選択肢もあります」
アイロスは、少し考えた。
「……それも、ひとつの返事ですね」
「はい」
沈黙が落ちる。
「ですが」
ミディアは、続けた。
「私は、無視はしません」
アイロスは、わずかに目を細めた。
「理由は?」
「区切りが、必要だからです」
逃げないために。
戻らないために。
「王都に、行くのですか」
「いいえ」
即答だった。
「ここで、返します」
その日の午後、ミディアは返書を書いた。
文面は、短く、簡潔。
――手紙への礼。
――評価に対する感謝。
――現在、辺境での任に全力を注いでいること。
――当面、王都へ戻る意思はないこと。
――面会の予定は、設けられないこと。
どこにも、感情は書かない。
だが、曖昧さも残さない。
「……これで」
ペンを置いた瞬間、胸の奥が、すっと軽くなった。
夕方、返書は正式に送られた。
王都に届く頃、アルトゥールはどう思うだろうか。
驚くか、苛立つか、あるいは――後悔するか。
だが、それは、もうミディアの問題ではない。
夜、宿舎の窓から、辺境の灯りを見下ろす。
街道沿いの明かりは、以前よりも確実に増えている。
――私は、ここにいる。
それだけで、十分だった。
個人的な手紙は、確かに心を揺さぶる。
だが、現実を変える力は、もう持っていない。
ミディア・バイエルンは、静かに確信していた。
過去は、丁寧に閉じた。
そして今は、前に進むだけだ。
王都との距離は、もう、物理的なものではない。
――選択の距離だった。
それは、公的文書ではなかった。
朝の業務が一段落した頃、宿舎の管理人が、ひどく言いづらそうな顔で封筒を差し出してきた。
「……ミディア様。差出人が、個人名でして」
白い封筒。
簡素だが、紙質は良い。
王都で使われているものだと、すぐに分かる。
「ありがとうございます」
ミディア・バイエルンは、表情を変えずに受け取った。
差出人の名を見た瞬間、胸の奥で、ほんのわずかな波が立つ。
――アルトゥール。
王太子としての肩書きは、書かれていない。
ただの、個人名。
「……なるほど」
小さく呟き、椅子に腰を下ろす。
封を切るまで、少し時間がかかった。
中の文面は、丁寧だった。
あまりにも、丁寧すぎるほどに。
――突然の手紙を許してほしい。
――辺境での活躍は、王都でも話題になっている。
――君の能力を、改めて評価している。
――もし可能なら、一度、話がしたい。
どこにも、命令はない。
だが、そこには明確な前提があった。
――話す場所は、王都。
――立場は、かつての延長線上。
「……遅いですね」
ミディアは、感情を込めずに呟いた。
手紙を読み終えても、怒りも、悲しみも湧いてこない。
ただ、理解だけがあった。
――この人は、まだ分かっていない。
自分が「去った理由」を。
そして、「戻らない理由」を。
昼前、アイロス・アルツハイムが執務室を訪れた。
「……何かありましたか」
ミディアの机の上に置かれた封筒を見て、察したのだろう。
「個人的な手紙です」
そう言って、差し出す。
アイロスは、一読し、眉をひそめることもなく、静かに返した。
「王太子、ですね」
「ええ」
「返事は?」
「まだです」
ミディアは、正直に答える。
「ですが、返さないという選択肢もあります」
アイロスは、少し考えた。
「……それも、ひとつの返事ですね」
「はい」
沈黙が落ちる。
「ですが」
ミディアは、続けた。
「私は、無視はしません」
アイロスは、わずかに目を細めた。
「理由は?」
「区切りが、必要だからです」
逃げないために。
戻らないために。
「王都に、行くのですか」
「いいえ」
即答だった。
「ここで、返します」
その日の午後、ミディアは返書を書いた。
文面は、短く、簡潔。
――手紙への礼。
――評価に対する感謝。
――現在、辺境での任に全力を注いでいること。
――当面、王都へ戻る意思はないこと。
――面会の予定は、設けられないこと。
どこにも、感情は書かない。
だが、曖昧さも残さない。
「……これで」
ペンを置いた瞬間、胸の奥が、すっと軽くなった。
夕方、返書は正式に送られた。
王都に届く頃、アルトゥールはどう思うだろうか。
驚くか、苛立つか、あるいは――後悔するか。
だが、それは、もうミディアの問題ではない。
夜、宿舎の窓から、辺境の灯りを見下ろす。
街道沿いの明かりは、以前よりも確実に増えている。
――私は、ここにいる。
それだけで、十分だった。
個人的な手紙は、確かに心を揺さぶる。
だが、現実を変える力は、もう持っていない。
ミディア・バイエルンは、静かに確信していた。
過去は、丁寧に閉じた。
そして今は、前に進むだけだ。
王都との距離は、もう、物理的なものではない。
――選択の距離だった。
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