婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ

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第18話 教会の言葉

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第18話 教会の言葉

 それは、商会の書簡から二日後のことだった。

「……教会から、使者が来ています」

 事務官の声は、これまでで一番慎重だった。

 ミディア・バイエルンは、手元の書類を閉じ、静かに顔を上げる。

「人数は?」

「一名です。地方教区の代表だと名乗っています」

 ――地方、という言葉に、わずかな違和感を覚える。
 教会は、中央集権的だ。重要な話であれば、本来は本部から来る。

「通してください」

 応接室に現れたのは、白い法衣に身を包んだ中年の男だった。
 柔和な笑みを浮かべているが、その目は、周囲を測るように動いている。

「初めまして、ミディア・バイエルン様」

 丁寧な礼。

「教会地方教区より参りました。今回の改革について、お話を伺いたく」

「ようこそ」

 ミディアは、礼を返し、向かいの席を示した。

「ご質問は、具体的にお願いします」

 遠回しな前置きは、必要ない。

 男は、一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに笑顔を保った。

「では、率直に」

 声を少し落とし、語り始める。

「最近の施策により、領民の生活は改善されているようですね」

「数字上は、そうです」

 ミディアは、即答する。

「ですが」

 男は、言葉を続けた。

「急激な変化は、人々の心を置き去りにすることがあります」

 来た、とミディアは思った。

「信仰とは、安定と秩序を支えるもの。
 あまりに早い改革は、神の御心に反するのではないか――
 そう懸念する声も、教会内にはあります」

 室内の空気が、わずかに張り詰める。

 それは、数字でも法律でもない。
 “正しさ”を別の尺度で測ろうとする言葉だ。

「……なるほど」

 ミディアは、静かに頷いた。

「では、お伺いします」

 男の視線を、まっすぐに受け止める。

「現在、この領地で、信仰に基づく儀礼や寄進、巡礼に支障は出ていますか」

 男は、言葉に詰まった。

「い、いえ……そういった報告は、特には」

「教会施設の維持に、問題は?」

「それも、今のところは……」

「信徒数の減少は?」

「……むしろ、増えていると聞いています」

 ミディアは、小さく息を吐いた。

「では、問題は“結果”ではなく、“変化そのもの”への不安ですね」

 男は、口を閉ざした。

「信仰は、心の拠り所です」

 ミディアは、穏やかな声で続ける。

「だからこそ、生活が安定しなければ、守れません」

 彼女は、机の上に、簡潔な資料を置いた。

「街道整備後、巡礼者の移動は安全になりました。
 冬季の孤立も減り、教会への寄進も安定しています」

 男は、資料に目を落とす。

「……それは、確かに」

「信仰を軽んじているわけではありません」

 ミディアは、はっきりと言った。

「信仰が、現実の上に立つための土台を、整えているだけです」

 沈黙が落ちる。

 男は、しばらく考え込んだ後、深く息を吐いた。

「……教会としては、過度な介入を望んでいるわけではありません」

 言葉を選びながら続ける。

「ただ、中央が敏感になっているのです。
 辺境が、自律的に動き始めていることに」

「理解できます」

 ミディアは、頷いた。

「ですが、ここで止まることはできません」

 男は、ゆっくりと立ち上がった。

「本日の話は、正確に伝えます」

「お願いします」

 去り際、男は一瞬だけ振り返った。

「……あなたは、強い方ですね」

 ミディアは、首を振った。

「強いのではありません」

「では?」

「現実を、見ているだけです」

 教会の使者が去った後、アイロス・アルツハイムが応接室に入ってきた。

「……どうでしたか」

「思ったより、穏やかでした」

「それは、良い兆候です」

 ミディアは、頷いた。

「教会は、敵になりません」

「理由は?」

「信仰は、生活が崩れた場所では、守れないからです」

 アイロスは、短く笑った。

「あなたらしい答えだ」

 夜、ミディアは宿舎で、一日の記録をまとめていた。

 商会。
 教会。
 そして、沈黙する王都。

 すべてが、こちらを見ている。
 だが、まだ、踏み込んではこない。

「……次は」

 ペンを止め、窓の外を見る。

「人、ですね」

 圧力は、組織から、個人へ。
 それが、次の段階だ。

 ミディア・バイエルンは、静かに理解していた。

 言葉の圧力は、乗り越えた。
 だが次は――心を揺さぶる圧力が来る。

 それでも。

 ここまで積み上げた現実は、
 もはや、言葉だけでは崩れない。
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