婚約破棄されたので、戻らない選択をしました

ふわふわ

文字の大きさ
24 / 39

第24話 届かない噂

しおりを挟む
第24話 届かない噂

 噂というものは、届くべき場所には届かず、
 届かなくていい場所ほど、よく広がる。

 王都では今、奇妙な話題が囁かれていた。

「……辺境伯領、やけに落ち着いているらしい」

「失敗したという報告もない」

「誰が仕切っている?」

 その問いに、必ず出てくる名前がある。

 ――ミディア・バイエルン。

 だが、そこから先が続かない。

「有能らしい」
「評判はいい」
「商人が困っている」

 評価は断片的で、結論がない。
 称賛にも、非難にもならない。

 それが、王都の人間には気味が悪かった。

 王太子アルトゥールは、その噂を聞き流すふりをしていた。

「辺境の話だろう」

 そう言って、書類に視線を落とす。

 だが、側近の報告は、確実に数を増していた。

「殿下、物流の流れが一部、王都を経由しなくなっています」

「……何?」

「商会が、辺境伯領と直接契約を結び始めています」

 アルトゥールの手が、止まった。

「勝手な真似を……」

「彼らは、“合理的だ”と」

 その言葉に、苛立ちが走る。

 合理的。
 それは、王都が最も好み、最も恐れる言葉だ。

 一方、辺境では。

 ミディア・バイエルンは、朝から現場を回っていた。
 新設された倉庫、整備された街道、作業中の人々。

「……噂が、出始めています」

 同行していた補佐官が、控えめに言う。

「王都で、ですか」

「はい。“辺境が静かすぎる”と」

 ミディアは、足を止めなかった。

「届かない噂ですね」

「え?」

「こちらに届いていない、という意味です」

 人々は、噂を知らない。
 知る必要がないからだ。

 昼休憩の時間、作業員たちが輪になって食事を取っている。

「最近、物資が安定してて助かるな」

「前は、急に止まったりしてたのに」

「今年は、子どもを学校に通わせられそうだ」

 その会話に、王都の名は出てこない。

 ミディアは、少し離れた場所で、それを聞いていた。

「……これでいい」

 誰かに知られなくてもいい。
 噂にならなくてもいい。

 生活が、続けば。

 午後、アイロス・アルツハイムが合流した。

「王都が、少しずつ焦っています」

「噂が、届いているからですね」

「はい。ただし――」

 アイロスは、言葉を選ぶ。

「内容が、整理されていない」

「でしょうね」

 ミディアは、頷いた。

「整理できない噂は、力を持ちません」

 陰謀なら、形が要る。
 失策なら、責任者が要る。

 だが、ここには、どちらもない。

「……あなたは、王都に何も送っていない」

「はい」

「説明も、弁明も」

「必要ありません」

 説明は、期待を生む。
 期待は、支配につながる。

「こちらは、ただ、動いているだけです」

 夕方、政庁に一通の文が届いた。
 評議会名義ではない。
 だが、明らかに“探り”だった。

「状況確認のため、近日中に代表を派遣したい」

 ミディアは、文を読み終え、静かに机に置いた。

「どうなさいますか」

「受け入れます」

 補佐官が、驚いた顔をする。

「ただし」

 ミディアは、続けた。

「“状況説明”はしません」

「……見て、判断しろと?」

「はい」

 届かない噂は、いずれ薄れる。
 だが、現実は、残る。

 夜、灯りを落とした執務室で、ミディアは一人、地図を見ていた。

 街道は、確実に伸びている。
 人の流れも、定着し始めている。

 王都の噂は、ここには届かない。
 そして、ここからも、噂を送らない。

「……それで、十分」

 彼女は、そう結論づけた。

 届かない噂の向こうで、
 確かな日常が、今日も積み重なっていく。

 それこそが、
 ミディア・バイエルンの選んだ、静かな勝利だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私を利用するための婚約だと気付いたので、別れるまでチクチク攻撃することにしました

柚木ゆず
恋愛
※22日、本編は完結となりました。明日(23日)より、番外編を投稿させていただきます。 そちらでは、レオが太っちょレオを捨てるお話と、もう一つ別のお話を描く予定となっております。  婚約者であるエリックの卑劣な罠を知った、令嬢・リナ。  リナはエリックと別れる日まで、何も知らないフリをしてチクチク攻撃することにしたのでした。

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。

なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。 追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。 優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。 誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、 リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。 全てを知り、死を考えた彼女であったが、 とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。 後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

婚約者が選んだのは私から魔力を盗んだ妹でした

今川幸乃
恋愛
バートン伯爵家のミアの婚約者、パーシーはいつも「魔法が使える人がいい」とばかり言っていた。 実はミアは幼いころに水の精霊と親しくなり、魔法も得意だった。 妹のリリーが怪我した時に母親に「リリーが可哀想だから魔法ぐらい譲ってあげなさい」と言われ、精霊を譲っていたのだった。 リリーはとっくに怪我が治っているというのにずっと仮病を使っていて一向に精霊を返すつもりはない。 それでもミアはずっと我慢していたが、ある日パーシーとリリーが仲良くしているのを見かける。 パーシーによると「怪我しているのに頑張っていてすごい」ということらしく、リリーも満更ではなさそうだった。 そのためミアはついに彼女から精霊を取り戻すことを決意する。

処理中です...