白い仮面の結婚を捨てた私が、裁かれない場所を作るまで

ふわふわ

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第6話 最初の鍵

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第6話 最初の鍵

 

 翌朝、ジェシカはいつもより早く目を覚ました。

 眠りは浅く、夢の中でも帳簿の数字や、アルヴィンの微笑みが脈打つように浮かんでは消えていた。
 胸の奥に残るのは、不安ではなく――奇妙なほど冷えた静けさ。

(もう、気づいてしまったのね)

 知らないままでいることの方が、よほど苦しい。

 

 朝食の席で、アルヴィンはいつも通りだった。

「本日は公爵家との会合があります。
 戻りは遅くなるでしょう」

「……分かりました」

 それだけの会話。
 視線も、感情も、交わらない。

 扉が閉まる音を聞きながら、ジェシカは小さく息を吐いた。

(今しかない)

 

 彼が屋敷を出たのを確認してから、ジェシカは静かに立ち上がった。

 向かった先は、再び書庫。
 だが今回は、表向きの書架ではない。

 当主夫人の権限で閲覧できる、保管庫。

 厚い扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
 古い文書、封蝋の残る箱、年代別に整理された帳簿。

(慎重に……)

 目的は、昨夜見つけた符号。
 同じ記号が付された書類を、年代順に辿っていく。

 

「……やっぱり」

 声にならない声が、喉で止まった。

 支出は、結婚前から続いている。
 金額は徐々に増え、頻度も高くなっている。

 そして――。

(名目が、ない)

 慈善事業でも、投資でも、交際費でもない。
 ただの「当主裁量」。

 

 その時。

 ――カサリ。

 背後で、微かな音がした。

 ジェシカは、心臓が跳ねるのを感じながら、ゆっくり振り返る。

「……マルタ?」

 立っていたのは、女中頭のマルタだった。

 彼女は一瞬、何かを言いかけて、口を閉じる。

「夫人……」

 その声は、いつもより低く、重かった。

「ここに来られるとは……覚悟を決められたのですね」

 

「あなたは、知っているのね」

 問いではなく、確認だった。

 マルタは、視線を伏せたまま、ゆっくり頷く。

「ええ。
 ただし、すべてではありません」

「でも、黙っていた」

「……当主様の命です」

 その一言が、胸に落ちた。

 

「これは、何?」

 ジェシカは帳簿を示した。

「説明できない支出。
 噂と一致する動き」

 マルタは、しばらく沈黙したあと、静かに口を開いた。

「“白い誓約”には、表と裏がございます」

 ジェシカの喉が、わずかに鳴る。

「裏……?」

「夫人を守るための制度でもあり、
 同時に、真実から遠ざけるための枷でもある」

 

 マルタは、ひとつの鍵を差し出した。

 古びた、小さな鍵。

「これは……?」

「旧別邸の地下室です」

 ジェシカは、鍵を見つめた。

「そこに、答えが?」

「……少なくとも、“始まり”は」

 

 静寂が、二人を包む。

 この一歩を踏み出せば、
 もう“知らないふり”はできない。

 ジェシカは、鍵を握りしめた。

「ありがとう、マルタ」

 声は、震えていなかった。

「私は……真実を知る」

 それが、何を壊すことになっても。

 

 その日の午後、ジェシカは馬車を手配した。

 行き先は、旧別邸。

 白い誓約の奥に隠されたものへ――
 最初の鍵が、静かに回り始めていた。
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