14 / 40
第14話 気づきかけた違和感
しおりを挟む
第14話 気づきかけた違和感
その日の夕刻、
アセルス・アウストラリスは、
珍しく王宮内を目的もなく歩いていた。
執務もなく、
会合もなく、
呼び出しもない。
――空いた時間。
それは、
これまでの彼にとって、
ほとんど存在しなかったものだ。
(……妙だな)
回廊を進むにつれ、
その感覚は、
はっきりとした形を持ち始める。
以前なら、
この時間帯は誰かに呼び止められ、
意見を求められ、
判断を仰がれることが常だった。
だが今日は、
誰も声をかけてこない。
「……殿下」
すれ違った文官が、
一礼だけして足早に去っていく。
それは無礼ではない。
だが、
必要以上に関わらない態度だった。
(気のせいだ)
アセルスは、
そう自分に言い聞かせる。
だが、
同じ“気のせい”が、
何度も重なると、
無視できなくなる。
中庭に差し込む夕陽を眺めながら、
彼は立ち止まった。
(皆、
なぜ私を避ける?)
避けられている――
その認識が、
初めて彼の中に芽生えた。
だが同時に、
それを打ち消す思考も
すぐに浮かぶ。
(いや、
避けているのではない)
(今は、
誰が王太子になるか、
皆が慎重になっているだけだ)
そうでなければ、
説明がつかない。
自分が、
「もう選択肢から外れている」
などという結論は、
受け入れられなかった。
その時、
背後から低い声が聞こえた。
「……この状況で、
よくあれほど落ち着いていられるものだ」
別の声が、
それに応じる。
「本人が、
まだ分かっていないのだろう」
「いや……
分かりかけてはいる。
だからこそ、
余計に厄介だ」
アセルスは、
反射的に振り向きそうになった。
だが、
足が止まらなかった。
(……今のは、
私のことか?)
聞かなかったことにする。
そう決めて、
歩みを早める。
問いを投げかければ、
答えが返ってくる。
――返ってきてしまえば、
今の立場が崩れる。
それが、
怖かった。
自室に戻った彼は、
窓際の椅子に腰を下ろし、
しばらく動かなかった。
王都の灯りが、
一つ、また一つと
ともっていく。
(……本当に、
まだ私は“候補”なのか?)
その疑問は、
これまで一度も
真剣に考えたことのないものだった。
王太子になるのは、
前提だったからだ。
選ばれるかどうかではなく、
「いつ正式になるか」の話だと
思っていた。
だが今、
その前提が、
音もなく揺らいでいる。
(……いや)
彼は、
ゆっくりと首を振る。
(考えすぎだ)
(私は第一王子だ。
何も変わっていない)
そう言い聞かせながらも、
胸の奥に残るざらつきは、
消えなかった。
この日、
アセルスは初めて――
自分が“選ばれない可能性”
を、
ほんの一瞬だけ
意識してしまった。
だがそれは、
まだ“気づき”には至らない。
ただの、
違和感。
見なかったことにできる、
小さな亀裂に過ぎなかった。
そしてその亀裂は、
これから確実に、
広がっていく。
――彼自身が、
それを塞ごうとすればするほど。
その日の夕刻、
アセルス・アウストラリスは、
珍しく王宮内を目的もなく歩いていた。
執務もなく、
会合もなく、
呼び出しもない。
――空いた時間。
それは、
これまでの彼にとって、
ほとんど存在しなかったものだ。
(……妙だな)
回廊を進むにつれ、
その感覚は、
はっきりとした形を持ち始める。
以前なら、
この時間帯は誰かに呼び止められ、
意見を求められ、
判断を仰がれることが常だった。
だが今日は、
誰も声をかけてこない。
「……殿下」
すれ違った文官が、
一礼だけして足早に去っていく。
それは無礼ではない。
だが、
必要以上に関わらない態度だった。
(気のせいだ)
アセルスは、
そう自分に言い聞かせる。
だが、
同じ“気のせい”が、
何度も重なると、
無視できなくなる。
中庭に差し込む夕陽を眺めながら、
彼は立ち止まった。
(皆、
なぜ私を避ける?)
避けられている――
その認識が、
初めて彼の中に芽生えた。
だが同時に、
それを打ち消す思考も
すぐに浮かぶ。
(いや、
避けているのではない)
(今は、
誰が王太子になるか、
皆が慎重になっているだけだ)
そうでなければ、
説明がつかない。
自分が、
「もう選択肢から外れている」
などという結論は、
受け入れられなかった。
その時、
背後から低い声が聞こえた。
「……この状況で、
よくあれほど落ち着いていられるものだ」
別の声が、
それに応じる。
「本人が、
まだ分かっていないのだろう」
「いや……
分かりかけてはいる。
だからこそ、
余計に厄介だ」
アセルスは、
反射的に振り向きそうになった。
だが、
足が止まらなかった。
(……今のは、
私のことか?)
聞かなかったことにする。
そう決めて、
歩みを早める。
問いを投げかければ、
答えが返ってくる。
――返ってきてしまえば、
今の立場が崩れる。
それが、
怖かった。
自室に戻った彼は、
窓際の椅子に腰を下ろし、
しばらく動かなかった。
王都の灯りが、
一つ、また一つと
ともっていく。
(……本当に、
まだ私は“候補”なのか?)
その疑問は、
これまで一度も
真剣に考えたことのないものだった。
王太子になるのは、
前提だったからだ。
選ばれるかどうかではなく、
「いつ正式になるか」の話だと
思っていた。
だが今、
その前提が、
音もなく揺らいでいる。
(……いや)
彼は、
ゆっくりと首を振る。
(考えすぎだ)
(私は第一王子だ。
何も変わっていない)
そう言い聞かせながらも、
胸の奥に残るざらつきは、
消えなかった。
この日、
アセルスは初めて――
自分が“選ばれない可能性”
を、
ほんの一瞬だけ
意識してしまった。
だがそれは、
まだ“気づき”には至らない。
ただの、
違和感。
見なかったことにできる、
小さな亀裂に過ぎなかった。
そしてその亀裂は、
これから確実に、
広がっていく。
――彼自身が、
それを塞ごうとすればするほど。
96
あなたにおすすめの小説
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
『婚約破棄?結構ですわ。わたくしは何もしないで生きていきます』
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子ユリウスの婚約者だった伯爵令嬢リュシエンヌは、公衆の面前で一方的に婚約を破棄される。
だが彼女は泣かず、怒らず、復讐も選ばなかった。
「働かないと、決めましたの」
婚約者として担ってきた政務補佐、調整、裏方の仕事をすべて手放し、彼女は“何もしない”生活を始める。
すると王宮は静かに軋み、これまで彼女が支えていた日常だけが浮き彫りになっていく。
新たな婚約者を得た王太子。
外から王宮を支える女性。
そして、何もせず距離を保つ元婚約者。
誰も声高に責めず、誰も派手なざまぁをしない。
それでも、関係は変わり、立場は入れ替わり、真実だけが残っていく。
これは、頑張らないことで人生を取り戻した令嬢の物語。
婚約破棄のその先で、“何もしない”という最強の選択をした女性が、静かに自由を手に入れるまでの40話。
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
眠り姫は十年後、元婚約者の隣に別の令嬢を見つけました
鍛高譚
恋愛
幼い頃、事故に遭い10年間も眠り続けていた伯爵令嬢アーシア。目を覚ますと、そこは見知らぬ大人の世界。成長した自分の身体に戸惑い、周囲の変化に困惑する日々が始まる。
そんな彼女を支えるのは、10年前に婚約していた幼馴染のレオン。しかし、目覚めたアーシアに突きつけられたのは、彼がすでに新しい婚約者・リリアナと共に未来を築こうとしている現実だった――。
「本当に彼なの?」
目の前のレオンは、あの頃の優しい少年ではなく、立派な青年へと成長していた。
彼の隣には、才色兼備で知的な令嬢リリアナが寄り添い、二人の関係は既に「当然のもの」となっている。
アーシアは過去の婚約に縋るべきではないと分かりつつも、彼の姿を目にするたびに心がざわめく。
一方でレオンもまた、アーシアへの想いを完全に断ち切れてはいなかった。
幼い頃の約束と、10年間支え続けてくれたリリアナへの誠意――揺れ動く気持ちの狭間で、彼はどんな未来を選ぶのか。
「私の婚約者は、もう私のものではないの?」
「それでも私は……まだ、あなたを――」
10年間の空白が引き裂いた二人の関係。
心は10歳のまま、だけど身体は大人になったアーシアが、新たな愛を見つけるまでの物語。
運命の婚約者との再会は、果たして幸福をもたらすのか――?
涙と葛藤の三角関係ラブストーリー、ここに開幕!
婚約破棄?ああ、どうぞお構いなく。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢アミュレットは、その完璧な美貌とは裏腹に、何事にも感情を揺らさず「はぁ、左様ですか」で済ませてしまう『塩対応』の令嬢。
ある夜会で、婚約者であるエリアス王子から一方的に婚約破棄を突きつけられるも、彼女は全く動じず、むしろ「面倒な義務からの解放」と清々していた。
婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね
ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。
失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる