婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ

文字の大きさ
36 / 40

第36話 取り残された者

しおりを挟む
第36話 取り残された者

その男の名を、
口にする者は
ほとんどいなくなっていた。

アセルス・アウストラリス。

かつては、
第一王子。
王太子最有力候補。
次代の王として
当然のように扱われていた存在。

だが今――
彼は、
王都の外れにある
安宿の一室で、
天井を見つめていた。


---

「……どうして、
 こうなった」

呟きは、
誰に届くこともない。

豪奢な調度も、
絹のカーテンもない。

軋む木の床。
薄い毛布。
冷めた空気。

それが、
今の彼の世界だった。


---

王太子の座を失った日。

派閥が離れ、
商会が取引を止め、
周囲は一斉に
距離を取った。

だが、
その時点では
まだ理解していなかった。

(……一時的なものだ)

(時間が経てば、
 また評価される)

そう思っていた。

自分は、
王子なのだから。


---

現実は、
静かで、
容赦がなかった。

資金提供の打ち切り。
過去の投資の返還要求。
積み上がる借金。

「王太子になると
 思っていたからこそ、
 投資していたのです」

アルベルド商会の言葉が、
何度も頭をよぎる。

(……そんなの、
 後出しだろう)

だが、
契約書は
確かに存在していた。

署名したのは、
自分自身だ。


---

「……シャウラ」

ふと、
その名を口にする。

婚約者だった公爵令嬢。

冷たい女。
政治に興味のない女。
そう決めつけていた。

(……違った)

彼女は、
何も望まず、
何も奪わず、
ただそこにいただけだ。

それなのに――
彼は、
自ら手放した。

いや、
切り捨てた。


---

数日前。

ロスベルド商店の男が
再び現れた。

「殿下、
 借金の件ですがね」

「……何度も言うな。
 返すと言っている」

「ええ。
 ですから、
 その方法を」

書類を差し出され、
彼は内容を
ろくに読まなかった。

「……本当に、
 これで終わるのだな」

「はい。
 一気に返済できます」

その言葉を、
信じた。

信じたというより――
考える余裕が
なかった。


---

今。

彼は、
自分の手首を見つめる。

そこには、
王家の紋章も、
指輪もない。

(……俺は、
 何者だ?)

王子ではない。
王太子でもない。

ただの――
何も持たない男。

「……違う」

そう呟き、
首を振る。

「俺は、
 選ばれなかった
 だけだ」

だが、
その言葉は
自分自身を
慰めるには、
あまりにも軽かった。


---

同じ頃。

王都では、
新しい制度が
施行されていた。

旧王太子派の官僚が
地方行政で
成果を上げている。

商業組合は
過去最高の
取引量を記録。

誰も、
アセルスの不在を
不便だとは
感じていない。


---

「……俺が、
 いなくても」

その事実が、
何よりも
彼を打ちのめした。

怒りでもない。
悲しみでもない。

ただ――
空白。

世界から、
静かに
切り離された感覚。


---

夜。

安宿の窓から、
王都の灯りが
遠くに見えた。

かつて、
自分が立っていた場所。

(……戻れるのか?)

その問いに、
答えはない。

だが、
一つだけ
確かなことがあった。

彼の“ざまぁ”は、
まだ終わっていない。

それは、
誰かに罰せられる物語ではない。

“必要とされない”
という現実を、
自分自身で
噛み締め続ける――
終わりのない章だった。

この夜、
アセルス・アウストラリスは、
初めて理解する。

――自分は、
 失脚したのではない。

――自分で、
 すべてを
 手放したのだと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

処理中です...