婚約破棄したその場から、ざまぁは始まっていました

ふわふわ

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第37話 契約という名の鎖

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第37話 契約という名の鎖

朝は、
誰にでも平等に訪れる。

だが、
その重さは
人によってまるで違った。

アセルス・アウストラリスにとって、
朝とは――
逃げ場のない現実を
再確認する時間だった。


---

安宿の戸を叩く音が、
やけに大きく響いた。

「……誰だ」

「おはようございます、殿下」

聞き覚えのある声。

ロスベルド商店の社長、
ロズベルドだった。

「……勝手に入るな」

「そう言わずに。
 契約上、
 “身元引受人”ですからね」

にやつく笑み。

その瞬間、
胸の奥に
冷たいものが広がった。


---

小さな机の上に、
書類が並べられる。

「……説明は、
 前にも聞いた」

「ええええ、
 ですから今日は
 “確認”です」

ロズベルドは、
指で紙面を叩く。

「借金の一括返済。
 その対価として――」

「一定期間、
 身柄を預ける」

アセルスは、
言葉を先取りする。

「期限は?」

「……“完済するまで”」

「……それは、
 どれくらいだ?」

ロズベルドは、
一瞬だけ視線を逸らした。

「殿下の働き次第、
 ですかねえ」

その言葉で、
すべてを悟った。


---

「……詐欺だ」

「いえいえ。
 合法です」

ロズベルドは、
肩をすくめる。

「契約は
 ご自身で
 デザインなさいました」

「王子という立場を
 使わず、
 “一個人”として
 署名された」

「ですから――
 法的には
 何の問題もありません」

その事実が、
何よりも
残酷だった。


---

「……俺は、
 王子だぞ」

かすれた声。

「でした、
 でしょう?」

ロズベルドは、
淡々と返す。

「ですが今は?」

言葉が、
続かない。

続けられない。


---

馬車に乗せられ、
王都を離れる。

安っぽい馬車だと
思っていたそれは、
今や
自分の立場そのものに
見えた。

窓の外を流れる景色。

王都の塔。
城壁。
人の往来。

(……帰る場所が、
 ない)

その事実が、
胸を締めつける。


---

「どこへ行く」

「遠い場所です」

「……どれほど」

「殿下の人生が
 変わる程度には」

軽い口調。

だが、
冗談ではない。


---

その頃、
王都では
誰も知らない。

元第一王子が、
“返済手段”として
移送されていることを。

知られない。

知られる必要もない。

彼はもう、
政治でも、
王家でも、
問題でもなかった。


---

馬車の揺れの中。

アセルスは、
目を閉じた。

思い浮かぶのは、
シャウラの姿。

何も言わず、
何も求めず、
ただ穏やかに
そこにいた公爵令嬢。

(……俺は、
 何を
 見ていたんだ)

その問いに、
答えは出ない。

だが、
一つだけ分かる。

この“鎖”は、
誰かに嵌められた
ものではない。

――自分で、
 首を差し出した。


---

馬車は、
王国の境を越える。

その瞬間、
アセルス・アウストラリスは
完全に
“過去の人物”になった。

名前も、
身分も、
未来も。

すべてが、
契約書の一行に
回収されたのだ。

彼の物語は、
まだ続く。

だがそれは、
王子の物語ではない。

――一人の男が、
 選択の重さを
 払い続ける
 物語だった。
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