婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

文字の大きさ
6 / 40

6話 代わりは、簡単に見つからない

しおりを挟む
6話 代わりは、簡単に見つからない

 王宮の執務棟は、朝から落ち着きがなかった。
 廊下を行き交う侍従たちの足取りは早く、書類の束がいつもより多く抱えられている。理由は単純だ。仕事が、予定通りに終わらない。

「この件、誰が最終確認を?」

 若い官僚の問いに、周囲は視線を逸らした。

「……各自で、確認を」 「それでは責任の所在が――」

 言葉が宙に浮く。
 これまで“自然に”存在していた調整役がいなくなっただけで、組織はここまで鈍るのかと、誰もが内心で思っていた。

 一方、王太子レオンハルトの執務室。

「殿下、貴族会議の件ですが……再調整が必要です」

 報告を受け、彼は深く息を吐いた。

「昨日も同じ話を聞いた気がするが」

「はい。しかし、今度は別の派閥が異議を……」

 書類に目を落としながら、レオンハルトは眉間を押さえた。
 かつては、こうした小競り合いが表に出る前に、誰かが水面下で整えていた。

(……タリタ)

 その名を思い浮かべた瞬間、彼は小さく首を振る。

(もう関係ない)

 そう思いたい。
 だが、現実は思考に従ってくれなかった。

「殿下、代わりの調整役を立てては?」

 側近の提案に、レオンハルトは頷く。

「そうだな。適任は……」

 言葉が止まる。
 候補はいる。優秀な官僚も、経験豊富な貴族も。
 だが“全体を見て、角を立てずにまとめる”人材は、簡単に浮かばなかった。

 その頃、フォーマルハウト領。

 私は執事と向かい合い、簡素な朝食を取っていた。

「領内の流通ですが、新しいルートが使えそうです」

「距離は?」

「少し遠回りになりますが、手数料が低く、安定しています」

「では、試験的に導入しましょう」

 即断即決。
 王宮では何日もかかるような判断を、ここでは迷わず下せる。

 食後、私は書斎にこもり、数枚の紙に簡単な表を作った。
 数字は、嘘をつかない。
 だが、数字だけでは人は動かない。

「……だから、現場を見る」

 そう呟き、私は外套を手に取った。

 午後、領内の商人たちと顔を合わせる。
 彼らは最初こそ緊張していたが、話が具体的になるにつれ、次第に本音を口にし始めた。

「正直に言いますと……王都経由の取引は、手間が多すぎて」 「ええ。書類も増える一方で」

「分かっています」

 私は頷いた。

「だからこそ、ここでは簡潔にします。必要な確認は私が引き受けます」

 商人たちの表情が、はっきりと変わった。
 それは、期待と安堵が混じった顔だった。

 同じ時間、王宮では。

「殿下、仮の調整役として三名を立てましたが……意見がまとまりません」

「三人も?」

「はい。互いに牽制し合っておりまして」

 レオンハルトは苦々しく唇を噛んだ。

(……一人で良かったのだ)

 あの頃は、疑問すら抱かなかった。
 誰かが全体を見て、誰にも文句を言わせずに回していたことを。

「……今日は、これでいい。続きは明日だ」

 そう言って執務を切り上げたものの、胸の奥の重さは消えない。

 夜。
 フォーマルハウト領の空は、澄んでいた。

 私は星を見上げながら、静かに考える。

(代わりは、簡単に見つからない)

 それは驕りではない。
 ただ、自分が担っていた役割を、ようやく正確に理解しただけだ。

 そして同時に、確信する。

 王宮がそれに気づくまで、
 そう時間は、かからないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

処理中です...