婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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6話 代わりは、簡単に見つからない

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6話 代わりは、簡単に見つからない

 王宮の執務棟は、朝から落ち着きがなかった。
 廊下を行き交う侍従たちの足取りは早く、書類の束がいつもより多く抱えられている。理由は単純だ。仕事が、予定通りに終わらない。

「この件、誰が最終確認を?」

 若い官僚の問いに、周囲は視線を逸らした。

「……各自で、確認を」 「それでは責任の所在が――」

 言葉が宙に浮く。
 これまで“自然に”存在していた調整役がいなくなっただけで、組織はここまで鈍るのかと、誰もが内心で思っていた。

 一方、王太子レオンハルトの執務室。

「殿下、貴族会議の件ですが……再調整が必要です」

 報告を受け、彼は深く息を吐いた。

「昨日も同じ話を聞いた気がするが」

「はい。しかし、今度は別の派閥が異議を……」

 書類に目を落としながら、レオンハルトは眉間を押さえた。
 かつては、こうした小競り合いが表に出る前に、誰かが水面下で整えていた。

(……タリタ)

 その名を思い浮かべた瞬間、彼は小さく首を振る。

(もう関係ない)

 そう思いたい。
 だが、現実は思考に従ってくれなかった。

「殿下、代わりの調整役を立てては?」

 側近の提案に、レオンハルトは頷く。

「そうだな。適任は……」

 言葉が止まる。
 候補はいる。優秀な官僚も、経験豊富な貴族も。
 だが“全体を見て、角を立てずにまとめる”人材は、簡単に浮かばなかった。

 その頃、フォーマルハウト領。

 私は執事と向かい合い、簡素な朝食を取っていた。

「領内の流通ですが、新しいルートが使えそうです」

「距離は?」

「少し遠回りになりますが、手数料が低く、安定しています」

「では、試験的に導入しましょう」

 即断即決。
 王宮では何日もかかるような判断を、ここでは迷わず下せる。

 食後、私は書斎にこもり、数枚の紙に簡単な表を作った。
 数字は、嘘をつかない。
 だが、数字だけでは人は動かない。

「……だから、現場を見る」

 そう呟き、私は外套を手に取った。

 午後、領内の商人たちと顔を合わせる。
 彼らは最初こそ緊張していたが、話が具体的になるにつれ、次第に本音を口にし始めた。

「正直に言いますと……王都経由の取引は、手間が多すぎて」 「ええ。書類も増える一方で」

「分かっています」

 私は頷いた。

「だからこそ、ここでは簡潔にします。必要な確認は私が引き受けます」

 商人たちの表情が、はっきりと変わった。
 それは、期待と安堵が混じった顔だった。

 同じ時間、王宮では。

「殿下、仮の調整役として三名を立てましたが……意見がまとまりません」

「三人も?」

「はい。互いに牽制し合っておりまして」

 レオンハルトは苦々しく唇を噛んだ。

(……一人で良かったのだ)

 あの頃は、疑問すら抱かなかった。
 誰かが全体を見て、誰にも文句を言わせずに回していたことを。

「……今日は、これでいい。続きは明日だ」

 そう言って執務を切り上げたものの、胸の奥の重さは消えない。

 夜。
 フォーマルハウト領の空は、澄んでいた。

 私は星を見上げながら、静かに考える。

(代わりは、簡単に見つからない)

 それは驕りではない。
 ただ、自分が担っていた役割を、ようやく正確に理解しただけだ。

 そして同時に、確信する。

 王宮がそれに気づくまで、
 そう時間は、かからないだろう。
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