婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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7話 気づかれない評価

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7話 気づかれない評価

 フォーマルハウト領の朝は、相変わらず静かだった。
 だが、その静けさの中で、確実に物事は前へ進んでいる。

 私は早朝から書斎に入り、前日に集めた情報を整理していた。流通、農作、税の徴収状況――どれも急激な改革を要するほどではない。けれど、放置すれば確実に歪みが広がる類のものだ。

「……少しずつで、いい」

 独り言のように呟き、私はペンを走らせる。
 目立つ必要はない。成果を誇る必要もない。
 この領地が“普通に回る”こと、それ自体が目的だった。

 昼前、執事が一通の書簡を持ってくる。

「王都からです。差出人は……財務部の次官」

「そう」

 私は受け取り、内容に目を通した。
 形式ばった挨拶に続き、曖昧な言い回しで“最近の混乱”が記されている。助言を求めているようで、はっきりとは頼ってこない。誇りと立場が、邪魔をしているのだろう。

(……まだ、自覚が足りませんね)

 返事は出さなかった。
 今ここで口を出せば、再び“便利な存在”に戻るだけだ。

 一方、王宮。

 執務室の空気は、目に見えて重くなっていた。

「殿下、この案件ですが……どこまでが許容範囲なのか、判断が」

「判断?」

 レオンハルトは眉をひそめる。

「以前は、事前に整理されていたはずだが」

「……はい。フォーマルハウト公爵令嬢が」

 その名が出るたび、場が微妙に静まる。
 誰もが口にしないが、皆が同じことを考えていた。

 ――彼女は、何をしていたのか。

 これまで“問題が起きなかった”という結果だけを享受し、その過程を誰も見ていなかった。評価も、感謝も、当然のように消費してきた。

「……地味だと思っていた」

 ふと、レオンハルトが呟く。

 側近が戸惑ったように視線を向けたが、彼はそれ以上何も言わなかった。

 派手に意見を述べることもなく、前に出て賞賛を求めることもない。
 ただ、当たり前のように整っていた日常。

 それを支えていた存在に、誰も気づかなかっただけだ。

 夕刻、私は領内の子どもたちが集まる小さな学び舎を訪れていた。
 老教師が一人で切り盛りしている場所だ。

「ご不便はありませんか?」

「いいえ。ただ……紙とインクが足りなくなりそうで」

「分かりました。次の便で手配します」

 それだけの会話。
 だが、教師は深く頭を下げた。

「ありがとうございます。……本当に」

 その言葉に、私は首を振る。

「当然のことです」

 この“当然”を、私は王宮で何度も積み重ねてきた。
 そして、誰にも評価されなかった。

 夜。
 屋敷に戻り、灯りを落とした部屋で、私は一人考える。

(評価は、気づいた人にしか与えられない)

 ならば今は、気づかれなくていい。
 必要とされなくていい。

 王宮が、
 自分たちが何を失ったのかを理解するその日まで。

 私は、私の場所で、
 静かに、確実に、価値を積み上げていく。
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