婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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18話 崩れない日常

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18話 崩れない日常

 王宮の変化は、数字より先に空気として現れた。
 報告は簡潔になり、決裁は速い。だが、速さの代償として、疲労が溜まっていく。判断を引き受ける者が増え、同時に、逃げ道が減ったからだ。

「殿下、昨日の件ですが……各所からの反応が出揃いました」

「まとめてくれ」

 レオンハルトは椅子に深く腰掛け、短く息を吐く。
 反発、様子見、沈黙。分類は明確だ。問題は、その先だった。

「条件を変えろ、という声が強いところは?」 「三件。いずれも従来の“柔軟対応”を期待しています」

「期待は、約束じゃない」

 言い切ったものの、机の上に残る重さは消えない。
 例外を作らない――それは秩序を守る選択であると同時に、摩擦を引き受ける選択でもある。

 昼過ぎ、急な調整会合が入った。
 部局長たちの顔色は冴えない。成果は出ているが、緊張が解けない。

「殿下、現場が疲弊しています」 「短期的なものだ。基準が定着すれば、負荷は下がる」

「……信じたいところですが」

 レオンハルトは、言葉を重ねなかった。
 信じるかどうかではない。続けるかどうかだ。

 一方、フォーマルハウト領。
 朝の鐘が鳴り、いつも通り市場が開く。私は巡回の途中で足を止め、商人の並びを確認した。

「昨日の雨で、人の流れが少し変わりましたね」

「ええ。通路を半歩、こちらへ寄せました」

「いい判断です」

 それだけで十分だった。
 誰が決めたかより、何が機能したかが重視される。

 昼、集会所で短い打ち合わせを行う。
 議題は三つ。価格、在庫、修繕。どれも現場の数字に基づく。

「不足は?」 「ありません。想定内です」

「なら、次の週まで維持で」

 判断は短く、会はすぐに終わる。
 日常は、特別な演出を必要としない。

 同じ頃、王宮では一つの小さな綻びが話題になっていた。
 例外を求めた取引先が、非公式に圧をかけてきたのだ。

「殿下、噂が回っています。“以前なら通った”と」

「以前は、終わった」

 冷たい言葉ではない。
 線を引くための言葉だ。

 その夜、レオンハルトは執務室に一人残った。
 机の引き出しにしまわれた、返事のない手紙。触れはしない。

(支えは、もう戻らない)

 理解はしている。
 それでも、孤独は軽くならない。

 一方、フォーマルハウト領の夜は静かだった。
 私は書斎で日誌を閉じ、灯りを落とす。遠くで犬が吠え、風が木々を揺らす。

(崩れない日常)

 それは、偶然ではない。
 決め続け、背負い続けた結果だ。

 王宮が忙しさに揺れ、摩擦に耐えている間も、
 ここでは同じ朝が来て、同じ仕事が進む。

 私は窓辺に立ち、星を見上げた。
 距離は、冷たい壁ではない。
 それぞれの場所で、やるべきことをやるための余白だ。

 王宮が選び続けるなら、やがて負荷は下がる。
 選べなくなれば、日常は崩れる。

 私は戻らない。
 だが、消えもしない。

 崩れない日常を、今日も続ける。
 それが、私の答えだった。
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