婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

文字の大きさ
27 / 40

27話 揺れない基準

しおりを挟む
27話 揺れない基準

 基準が根を張り始めた頃、必ず訪れるのが揺さぶりだ。
 それは反発ではない。むしろ、適応しようとする側から生まれる。

 王宮では、その兆しが静かに現れていた。

「殿下、地方からの正式要望です」

 差し出された嘆願書は、以前よりもずっと慎重な言葉で書かれている。
 感情的な訴えはなく、数字も揃っている。だからこそ、厄介だった。

「内容は?」

「基準自体は尊重するが、運用に柔軟性を、とのことです」

 レオンハルトは書類を閉じ、指で机を軽く叩いた。

「基準を尊重すると言いながら、例外を求めている」

「はい」

「つまり、揺らしに来ている」

 その言葉に、側近は否定しなかった。
 理解しているからだ。これは反乱ではない。試し撃ちだ。

 昼の会合では、その要望が議題に上がった。

「確かに、数字だけ見れば理はあります」 「一度だけなら……」

 その“言いかけ”を、レオンハルトは遮る。

「一度、は存在しない」

 会議室が静まり返る。

「一度通せば、次は二度になる。基準は、数ではなく姿勢だ」

 反論は出なかった。
 説得されたわけではない。だが、線が見えた。

「代替案は提示する」 「救済は?」

「再設計の支援のみ。例外はない」

 揺れない基準とは、動かないことではない。
 戻る場所が同じであることだ。

 一方、フォーマルハウト領。
 私は市場の端で、小さな騒ぎに立ち会っていた。

「今回は特別に、先に許可を――」

 商人の言葉は、悪意のないものだ。
 むしろ、信頼があるからこその頼み。

「できません」

 私は即答した。

「理由は?」

「基準が変わってしまうからです」

 彼は一瞬、困った顔をしたが、やがて頷いた。

「……分かりました。では、こちらの条件で」

 代替案を受け入れる。
 それで十分だ。

 午後、集会所で役人たちと短い確認を行う。

「最近、“少しだけ”という言葉が増えています」

「ええ。揺れ始めていますね」

「どう対応すべきでしょう」

「迷ったら、戻ってください。基準に」

 それ以上の指示は出さない。
 揺れること自体は、悪ではない。

 同じ頃、王宮では世論への説明が始まっていた。
 理由、数字、判断の経緯――全てを開示する。

「厳しい、という声も出ています」

「基準は、優しさのために曲げるものじゃない」

 レオンハルトは静かに言う。

「続けるために、守るものだ」

 夜。
 王宮の灯りは、規則正しく並んでいた。揺れはある。だが、傾きはない。

(揺れても、戻る)

 それが、基準の役割だ。

 一方、フォーマルハウト領の夜。
 私は日誌を閉じ、窓の外を見る。風は冷たいが、星は動かない。

(揺れない基準は、強さじゃない)

 繰り返し戻れる場所があるということだ。

 距離は、変わらない。
 だが、その距離の中で、王宮と領地はそれぞれに――
 同じ揺れを受け、同じ場所へ戻っていた。

 揺れは、基準を試す。
 そして、基準は――
 揺れによって、より確かな形を得ていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

両親に溺愛されて育った妹の顛末

葉柚
恋愛
皇太子妃になるためにと厳しく育てられた私、エミリアとは違い、本来私に与えられるはずだった両親からの愛までも注ぎ込まれて溺愛され育てられた妹のオフィーリア。 オフィーリアは両親からの過剰な愛を受けて愛らしく育ったが、過剰な愛を受けて育ったために次第に世界は自分のためにあると勘違いするようになってしまい……。 「お姉さまはずるいわ。皇太子妃になっていずれはこの国の妃になるのでしょう?」 「私も、この国の頂点に立つ女性になりたいわ。」 「ねえ、お姉さま。私の方が皇太子妃に相応しいと思うの。代わってくださらない?」 妹の要求は徐々にエスカレートしていき、最後には……。

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

処理中です...