婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

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28話 重なる日々

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28話 重なる日々

 基準が揺れなくなると、日々は似た形を取り始める。
 王宮ではそれを“退屈”と呼ぶ者もいれば、“安定”と呼ぶ者もいた。だが、どちらの言葉も半分しか当たっていない。重なる日々は、判断の積み重ねでできている。

「殿下、定例報告です」

 側近が差し出す資料は、いつもと同じ厚みだった。
 数字は安定し、遅延は限定的。特筆すべき事件はない。

「例外は?」

「ありません。全て基準内です」

「なら、続けろ」

 それで終わる。
 派手な決断はない。だが、この“何も起きない”が、最も維持が難しい。

 昼の会合でも、議論は短かった。
 話題は改善点の微調整だけ。以前のような根本的な衝突は起きない。

「この部分、現場の裁量を半歩広げても良いかと」 「基準は?」 「逸脱しません」

「なら、認める」

 基準を守りながら、余白を調整する。
 揺れない基準は、硬直を意味しない。

 一方、フォーマルハウト領。
 朝の巡回は、昨日と同じ道を辿る。市場の声、荷の運び、職人の槌音。変化は小さいが、確実だ。

「最近は、質問が減りました」

 執事の言葉に、私は頷く。

「判断の軸が共有されてきた証です」

 迷いが減ると、確認も減る。
 重なる日々は、安心を育てる。

 午後、集会所で若手と短い打ち合わせをする。

「判断に迷った点は?」

「ありません。基準通りで処理しました」

「それで良いです」

 称賛は控えめでいい。
 特別扱いは、基準を歪める。

 同じ頃、王宮では小さな事件が一つだけ起きていた。
 基準を誤解した部局が、過剰に厳格な対応をしてしまったのだ。

「殿下、苦情が一件」

「理由は?」

「基準の“例外禁止”を、裁量停止と解釈したようです」

 レオンハルトは少し考え、指示を出す。

「是正する。基準の再説明だ。裁量は、基準の内側にある」

 揺れないために、言葉を重ねる。
 それもまた、判断だ。

 夜。
 王宮の灯りは規則正しく並び、静かな仕事が続く。レオンハルトは机に向かい、同じ署名を、同じ筆致で繰り返す。

(重なる日々が、力になる)

 特別な一日より、同じ一日を続ける方が難しい。
 だが、それができれば、基準は人の中に根を下ろす。

 一方、フォーマルハウト領の夜も静かだった。
 私は日誌を閉じ、窓辺に立つ。星は昨日と同じ位置にある。

(重なる日々は、裏切らない)

 決め続けること。
 背負い続けること。

 距離は、変わらない。
 だが、その距離の上で、王宮と領地はそれぞれに――
 同じ一日を、確かに積み重ねていた。

 重なる日々は、やがて基準になる。
 それを、人は――
 安定と呼ぶ。
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