婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ

文字の大きさ
28 / 40

28話 重なる日々

しおりを挟む
28話 重なる日々

 基準が揺れなくなると、日々は似た形を取り始める。
 王宮ではそれを“退屈”と呼ぶ者もいれば、“安定”と呼ぶ者もいた。だが、どちらの言葉も半分しか当たっていない。重なる日々は、判断の積み重ねでできている。

「殿下、定例報告です」

 側近が差し出す資料は、いつもと同じ厚みだった。
 数字は安定し、遅延は限定的。特筆すべき事件はない。

「例外は?」

「ありません。全て基準内です」

「なら、続けろ」

 それで終わる。
 派手な決断はない。だが、この“何も起きない”が、最も維持が難しい。

 昼の会合でも、議論は短かった。
 話題は改善点の微調整だけ。以前のような根本的な衝突は起きない。

「この部分、現場の裁量を半歩広げても良いかと」 「基準は?」 「逸脱しません」

「なら、認める」

 基準を守りながら、余白を調整する。
 揺れない基準は、硬直を意味しない。

 一方、フォーマルハウト領。
 朝の巡回は、昨日と同じ道を辿る。市場の声、荷の運び、職人の槌音。変化は小さいが、確実だ。

「最近は、質問が減りました」

 執事の言葉に、私は頷く。

「判断の軸が共有されてきた証です」

 迷いが減ると、確認も減る。
 重なる日々は、安心を育てる。

 午後、集会所で若手と短い打ち合わせをする。

「判断に迷った点は?」

「ありません。基準通りで処理しました」

「それで良いです」

 称賛は控えめでいい。
 特別扱いは、基準を歪める。

 同じ頃、王宮では小さな事件が一つだけ起きていた。
 基準を誤解した部局が、過剰に厳格な対応をしてしまったのだ。

「殿下、苦情が一件」

「理由は?」

「基準の“例外禁止”を、裁量停止と解釈したようです」

 レオンハルトは少し考え、指示を出す。

「是正する。基準の再説明だ。裁量は、基準の内側にある」

 揺れないために、言葉を重ねる。
 それもまた、判断だ。

 夜。
 王宮の灯りは規則正しく並び、静かな仕事が続く。レオンハルトは机に向かい、同じ署名を、同じ筆致で繰り返す。

(重なる日々が、力になる)

 特別な一日より、同じ一日を続ける方が難しい。
 だが、それができれば、基準は人の中に根を下ろす。

 一方、フォーマルハウト領の夜も静かだった。
 私は日誌を閉じ、窓辺に立つ。星は昨日と同じ位置にある。

(重なる日々は、裏切らない)

 決め続けること。
 背負い続けること。

 距離は、変わらない。
 だが、その距離の上で、王宮と領地はそれぞれに――
 同じ一日を、確かに積み重ねていた。

 重なる日々は、やがて基準になる。
 それを、人は――
 安定と呼ぶ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした

珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……? 基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。

【完結済み】私達はあなたを決して許しません

asami
恋愛
婚約破棄された令嬢たちがそれぞれに彼女らなりの復讐していくオムニバスストーリーです

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

【完結】その人が好きなんですね?なるほど。愚かな人、あなたには本当に何も見えていないんですね。

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編集です。 1作品数話(5000文字程度)の予定です。

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

婚約破棄されました。

まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。 本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。 ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。 習作なので短めの話となります。 恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。 ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。 Copyright©︎2020-まるねこ

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜

腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。 「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。 エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。

処理中です...