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26話 根を張る場所
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26話 根を張る場所
改革が一段落したと人々が口にする頃、実際には最も神経を使う時期が始まる。
続ける段階だ。
壊すことより、作ることより、維持することが難しい。
王宮はいま、その静かな試練の中にあった。
「殿下、各部局の進捗報告です」
差し出された書類は、以前より薄い。
だが、数字は密で、余白が少ない。余計な言い訳も、感情的な訴えも削ぎ落とされている。
「遅延は?」
「一件。想定内です。是正済みで、再発防止策も提出されています」
「基準は守られたか」
「はい」
レオンハルトはそれ以上、問いを重ねなかった。
答えが出ているからだ。
昼の会合では、話題が変わり始めていた。
改革の是非でも、責任追及でもない。
「新任者が、判断を躊躇する場面が増えています」
「想定内だ」
レオンハルトは即答する。
「基準が見えるようになったからこそ、間違えたくない」
「追加の承認ラインを設けますか?」
「不要だ。判断の練習をさせる」
一瞬、会議室に緊張が走る。
「失敗した場合は?」 「私が引き受ける」
重い言葉だった。
だが、それがなければ、人は根を張れない。
「基準はある。線もある。だが、線の内側で動くことを恐れるな」
その言葉に、何人かが静かに息を吐いた。
一方、フォーマルハウト領。
私は朝の巡回を終え、集会所で若い役人たちと向き合っていた。顔ぶれは、半分ほど入れ替わっている。
「判断で迷った点は?」
「二件ありました」
「どう処理しました?」
「基準に戻りました。時間はかかりましたが、逸脱はしていません」
「正しいです」
即座に肯定する。
速度よりも、戻れることが重要だ。
「迷った事実は、恥ではありません。基準に戻れたかどうかが、全てです」
彼らの表情が、わずかに和らぐ。
安心とは、許可されることではなく、戻れる場所があることだ。
午後、畑の視察に出る。
土はよく耕され、苗は真っ直ぐに並んでいる。
「今年は、先が読めます」
農夫の言葉は、派手ではない。
だが、それ以上の評価はない。
「先が読めるのは、良いことです」
「ええ。無茶をしなくて済みますから」
無茶をしない。
それが、根を張る条件だ。
同じ頃、王宮では一つの人事異動が決まっていた。
基準に適応できず離れた者の後任に、現場経験の長い若手が据えられる。
「派手さはありませんが……」
「派手さは要らない。続けられるかどうかだ」
速く伸びる芽は、折れやすい。
遅くても、根が深い方が残る。
夜。
レオンハルトは執務室で帳票を閉じ、深く息を吐いた。
(改革は終わらない。維持が始まっただけだ)
数字は安定し、騒動は減った。
だが、油断した瞬間に、全ては元に戻る。
一方、フォーマルハウト領の夜は静かだった。
私は日誌を開き、短く書き留める。
――根を張るには、時間がいる。
騒がず、誇らず、同じ判断を繰り返す。
それだけで、十分だ。
王宮が制度として根を張るなら、
私は生活として根を張る。
距離は、変わらない。
だが、その距離の中で――
それぞれの場所に、確かな根が、音もなく伸びていく。
見えない根こそが、
明日を支えている。
改革が一段落したと人々が口にする頃、実際には最も神経を使う時期が始まる。
続ける段階だ。
壊すことより、作ることより、維持することが難しい。
王宮はいま、その静かな試練の中にあった。
「殿下、各部局の進捗報告です」
差し出された書類は、以前より薄い。
だが、数字は密で、余白が少ない。余計な言い訳も、感情的な訴えも削ぎ落とされている。
「遅延は?」
「一件。想定内です。是正済みで、再発防止策も提出されています」
「基準は守られたか」
「はい」
レオンハルトはそれ以上、問いを重ねなかった。
答えが出ているからだ。
昼の会合では、話題が変わり始めていた。
改革の是非でも、責任追及でもない。
「新任者が、判断を躊躇する場面が増えています」
「想定内だ」
レオンハルトは即答する。
「基準が見えるようになったからこそ、間違えたくない」
「追加の承認ラインを設けますか?」
「不要だ。判断の練習をさせる」
一瞬、会議室に緊張が走る。
「失敗した場合は?」 「私が引き受ける」
重い言葉だった。
だが、それがなければ、人は根を張れない。
「基準はある。線もある。だが、線の内側で動くことを恐れるな」
その言葉に、何人かが静かに息を吐いた。
一方、フォーマルハウト領。
私は朝の巡回を終え、集会所で若い役人たちと向き合っていた。顔ぶれは、半分ほど入れ替わっている。
「判断で迷った点は?」
「二件ありました」
「どう処理しました?」
「基準に戻りました。時間はかかりましたが、逸脱はしていません」
「正しいです」
即座に肯定する。
速度よりも、戻れることが重要だ。
「迷った事実は、恥ではありません。基準に戻れたかどうかが、全てです」
彼らの表情が、わずかに和らぐ。
安心とは、許可されることではなく、戻れる場所があることだ。
午後、畑の視察に出る。
土はよく耕され、苗は真っ直ぐに並んでいる。
「今年は、先が読めます」
農夫の言葉は、派手ではない。
だが、それ以上の評価はない。
「先が読めるのは、良いことです」
「ええ。無茶をしなくて済みますから」
無茶をしない。
それが、根を張る条件だ。
同じ頃、王宮では一つの人事異動が決まっていた。
基準に適応できず離れた者の後任に、現場経験の長い若手が据えられる。
「派手さはありませんが……」
「派手さは要らない。続けられるかどうかだ」
速く伸びる芽は、折れやすい。
遅くても、根が深い方が残る。
夜。
レオンハルトは執務室で帳票を閉じ、深く息を吐いた。
(改革は終わらない。維持が始まっただけだ)
数字は安定し、騒動は減った。
だが、油断した瞬間に、全ては元に戻る。
一方、フォーマルハウト領の夜は静かだった。
私は日誌を開き、短く書き留める。
――根を張るには、時間がいる。
騒がず、誇らず、同じ判断を繰り返す。
それだけで、十分だ。
王宮が制度として根を張るなら、
私は生活として根を張る。
距離は、変わらない。
だが、その距離の中で――
それぞれの場所に、確かな根が、音もなく伸びていく。
見えない根こそが、
明日を支えている。
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