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第3話: 婚約者の裏切り
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第3話: 婚約者の裏切り
舞踏会の余韻がまだ残る翌日、王宮の庭園は穏やかな陽光に包まれていた。
エルカミーノは、いつものように控えめなドレス姿で、噴水のそばのベンチに腰を下ろしていた。
手には刺繍枠。貴族令嬢として当然の教養を磨くふりをしながら、実際は周囲の様子を静かに観察している。
(昨日は派手だったわね……聖女様のデビュー)
内心で苦笑しつつ、針を動かす。
すると、背後から足音が近づいてきた。
「エルカミーノ」
振り返ると、そこに立っていたのはカイロン王子だった。
金髪が陽光に輝き、碧い瞳はいつもより少し苛立っているように見える。
「殿下、どうかなさいましたか?」
エルカミーノは丁寧に立ち上がり、微笑みを浮かべて頭を下げる。
カイロンは一瞬、彼女の顔を見て視線を逸らした。
「……昨日のソルスティス嬢の魔法を見ただろう」
突然の問いかけに、エルカミーノは静かに頷く。
「はい。とても美しい光でした」
「そうだ。あれこそ、真の聖なる力だ」
カイロンは少し声を低くして続けた。
「お前は知っているはずだ。俺たちの婚約は、両家の政略によるものだ。だが……俺はもう、義務だけで生きるのは嫌なんだ」
エルカミーノの指が、刺繍枠を握る力が増す。
(来たわね……)
「ソルスティス嬢は、俺の心を動かした。あの純粋な輝きに、俺は……運命を感じた」
カイロンの言葉は、どこか自分を納得させるような響きを帯びていた。
彼はエルカミーノを見据える。
「お前は地味で、控えめで……悪くはない。だが、俺の隣に立つには、もっと華やかさが欲しい。もっと、国民を魅了する存在が」
(地味、地味って……もういい加減にしてよね)
内心でツッコミを入れつつ、エルカミーノは表情を変えずに答える。
「殿下のお気持ちは、よくわかりました」
カイロンは少し驚いたように眉を上げた。
「……怒らないのか?」
「政略結婚に、恋愛感情を求めるのは難しいことですもの。殿下が本当の運命をお感じになったのなら……私は、それを祝福すべきだと思います」
本心だった。
エルカミーノは、前世から恋愛より自分の時間が大事なタイプ。
王子との結婚生活など、想像しただけで息苦しい。
カイロンは一瞬、戸惑ったような顔をした後、小さくため息をついた。
「……お前は本当に、変わっているな。普通の令嬢なら、泣きわめくだろうに」
(普通の令嬢なら、こんなクズ王子に本気で惚れてるわけないわよ)
「ただ、まだ公にはできない。もう少し時間をくれ。ソルスティス嬢の立場も固めたい」
カイロンはそう言い残して、踵を返した。
去っていく背中を見送りながら、エルカミーノは静かに呟いた。
「……早く破棄してくださると助かるんだけど」
その声は、誰にも届かなかった。
庭園の風が、彼女の黒髪を優しく揺らした。
遠くから、セシルの声が聞こえてくる。
「お嬢様! お茶の時間ですよー!」
エルカミーノは刺繍枠を閉じ、穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。
(もうすぐ、自由が来るわ)
胸に秘めた小さな期待を抱きながら、彼女はゆっくりと歩き出した。
舞踏会の余韻がまだ残る翌日、王宮の庭園は穏やかな陽光に包まれていた。
エルカミーノは、いつものように控えめなドレス姿で、噴水のそばのベンチに腰を下ろしていた。
手には刺繍枠。貴族令嬢として当然の教養を磨くふりをしながら、実際は周囲の様子を静かに観察している。
(昨日は派手だったわね……聖女様のデビュー)
内心で苦笑しつつ、針を動かす。
すると、背後から足音が近づいてきた。
「エルカミーノ」
振り返ると、そこに立っていたのはカイロン王子だった。
金髪が陽光に輝き、碧い瞳はいつもより少し苛立っているように見える。
「殿下、どうかなさいましたか?」
エルカミーノは丁寧に立ち上がり、微笑みを浮かべて頭を下げる。
カイロンは一瞬、彼女の顔を見て視線を逸らした。
「……昨日のソルスティス嬢の魔法を見ただろう」
突然の問いかけに、エルカミーノは静かに頷く。
「はい。とても美しい光でした」
「そうだ。あれこそ、真の聖なる力だ」
カイロンは少し声を低くして続けた。
「お前は知っているはずだ。俺たちの婚約は、両家の政略によるものだ。だが……俺はもう、義務だけで生きるのは嫌なんだ」
エルカミーノの指が、刺繍枠を握る力が増す。
(来たわね……)
「ソルスティス嬢は、俺の心を動かした。あの純粋な輝きに、俺は……運命を感じた」
カイロンの言葉は、どこか自分を納得させるような響きを帯びていた。
彼はエルカミーノを見据える。
「お前は地味で、控えめで……悪くはない。だが、俺の隣に立つには、もっと華やかさが欲しい。もっと、国民を魅了する存在が」
(地味、地味って……もういい加減にしてよね)
内心でツッコミを入れつつ、エルカミーノは表情を変えずに答える。
「殿下のお気持ちは、よくわかりました」
カイロンは少し驚いたように眉を上げた。
「……怒らないのか?」
「政略結婚に、恋愛感情を求めるのは難しいことですもの。殿下が本当の運命をお感じになったのなら……私は、それを祝福すべきだと思います」
本心だった。
エルカミーノは、前世から恋愛より自分の時間が大事なタイプ。
王子との結婚生活など、想像しただけで息苦しい。
カイロンは一瞬、戸惑ったような顔をした後、小さくため息をついた。
「……お前は本当に、変わっているな。普通の令嬢なら、泣きわめくだろうに」
(普通の令嬢なら、こんなクズ王子に本気で惚れてるわけないわよ)
「ただ、まだ公にはできない。もう少し時間をくれ。ソルスティス嬢の立場も固めたい」
カイロンはそう言い残して、踵を返した。
去っていく背中を見送りながら、エルカミーノは静かに呟いた。
「……早く破棄してくださると助かるんだけど」
その声は、誰にも届かなかった。
庭園の風が、彼女の黒髪を優しく揺らした。
遠くから、セシルの声が聞こえてくる。
「お嬢様! お茶の時間ですよー!」
エルカミーノは刺繍枠を閉じ、穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。
(もうすぐ、自由が来るわ)
胸に秘めた小さな期待を抱きながら、彼女はゆっくりと歩き出した。
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